作家が語るヒット漫画の舞台裏──東村アキコ 第3回 作家がメディアになる――漫画が届かない時代の表現論
2026/02/09
面白い漫画さえ描けば、読者に届く──そんなシンプルな鉄則は、もはや過去のものとなった。スマホやSNSが生活のほとんどを占める時代、「漫画」というメディアが「読まれる」までの距離は、かつてないほど遠くなっている。
最終回となる第3回では、東村アキコ氏に表現者としての変化、企業や広告との理想的なコラボレーション、そしてその先に見据える未来を聞いた。作家自身が発信者となる時代において、漫画が切り拓く新たな可能性を見つめていく。

【プロフィール】
1975年宮崎県生まれ。金沢美術工芸大学美術科油画専攻卒業。1999年、「フルーツこうもり」で漫画家デビュー。主な作品に『雪花の虎』(小学館)、『ママはテンパリスト』『かくかくしかじか』(ともに集英社)、『海月姫』『東京タラレバ娘』(ともに講談社)『偽装不倫』(文藝春秋)など。
講談社漫画賞、マンガ大賞、文化庁メディア芸術祭マンガ部門大賞、米国アイズナー賞最優秀アジア作品賞、芸術選奨文部科学大臣新人賞、アングレーム国際漫画祭ヤングアダルト賞など受賞歴、さらに映像化作品も多数。
2026年1月現在、『まるさんかくしかく』(ビッグコミックオリジナル) 、『まるさんかくしかく+』(ちゃお)、『銀太郎さんお頼み申す』(集英社)連載中。
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漫画が読まれなくなった時代に「届ける」ための戦略と覚悟
──第2回では「年間1000枚」という執筆量について伺いましたが、現在の創作への向き合い方はいかがですか。最近ではテレビ出演などのメディア露出も非常に精力的に取り組まれています。
執筆に関しては、コロナ禍をきっかけに「さすがに少し減らそうかな」と考えて、今は連載2本ほどにペースを落としています。以前に比べたら肉体的にはすごく楽になりましたが、代わりにテレビや映画プロモーションなどの仕事が増えましたね。忙しさの質が変わっただけで、結局忙しいのは一緒なんですけど。
なぜそこまで表に出るのかと言えば、そもそも「漫画を読んでいる人」自体が、今、ものすごく減っていると感じるからです。つい先日、宮崎からの帰りの飛行機で、昔の知り合いに会いました。彼は20代の頃、あらゆる作品を網羅しているような漫画マニアでしたが、久しぶりに話すと「今、何描いてるの?」と聞かれたんです。「めちゃくちゃ描いてるよ!」と言ったら、「全然知らなかった」って。私の執筆活動が伝わっていないんです。
今はコンテンツが多すぎる時代で、SNSを見ていたら一日が終わっちゃいますよね。だから、漫画がどうこうと言うより「タッチポイントをどう作るか」なんです。テレビでもイベントでもいい。とにかく一度、作品に触れてもらわないと始まらない。私がメディアに出て喋ることは、決してサービス精神だけではなく、漫画にもう一度触れてもらうための「入り口」を増やす仕事の一部だと思っています。
──顔を出し、本人が前に出ることへの葛藤はなかったのでしょうか。
もちろん、デビュー当初はどんな内容を描いていくかも分からなかったので、顔出しには抵抗もありました。ただ、20代の頃に大先輩の槇村さとる先生※から、「これからは作者自身のファンを作らないと、誰も漫画を買ってくれない時代が来るわよ。若いうちから顔を出しなさい」と背中を押されたんです。
※槇村さとる 東京都出身 代表作に『愛のアランフェス』『ダンシング・ゼネレーション』『イマジン』など
そのアドバイス通りにインタビューやテレビ出演などを、なるべくお受けするようになったんですが、その手応えはしっかり感じます。最近でも、NHKへの出演ではシニア層のファンが増えて、紙の漫画をしっかり買ってくださるようになった。もちろん、漫画家はこうすべきというわけではなく、私には合っていたアプローチだと思っています。
──タッチポイントへの言及がありましたが、エンターテインメントやカルチャーが細分化された時代に、作品をつなげていくことの難しさを感じている、ということですね。
そうですね。私たちの世代はメジャーな漫画誌を通した共通言語がありましたが、今はもうネットで細分化され、一つのものをみんなで楽しむ時代は終わったと感じます。だから、これからは、クリエイターがそれぞれ「小さなサロン」を持っているような状態になるのではないでしょうか。
自分の作品を通してファンを楽しませ、そこから新しいファンへとつなげていく。大きな流行を待つのではなく、作家自身が入り口となって、一人ひとりと深くつながっていく。それが、これからの物語の届け方なのだと思っています。
コラボ、タイアップで豊かになる物語もある
──企業タイアップや広告コラボレーションについても、非常に前向きに取り組まれていますね。
お話をいただいたら、基本的にはなるべくお受けするようにしています。企業だからとか、タイアップだからと身構えるのではなく、単純に「仕事が好き」なんですよね。親戚や知り合いに頼まれてポスターを描くのも含めて、「描く」という行為そのものが嫌じゃない。むしろ楽しいんです。
ただ、自分の絵や作品に「合う・合わない」は、やっぱりあります。たとえば、アラサー女性に向けた作品の絵柄で、子ども向けの商品を売ろうとするような企画をいただくと、「この組み合わせで大丈夫かな?」って思ってしまうことも。そのあたりを調整してくれるのが、出版社の広告部署だったり、担当編集だったりしますから、そこはいつも本当に心強いです。
私は、広告を物語の邪魔をする「ノイズ」だとは思っていません。むしろ、ちゃんと意味を持って存在していれば、それは物語の延長になるはず。たとえば、地元・宮崎の乳酸菌飲料『ヨーグルッペ』とのコラボは理想的でした。宮崎の人なら誰でも知っている味と、私のギャグ漫画は最高に相性が良かった。ローカル性、ユーモア、そしてみんなの記憶。これらが物語の中でつながっていれば、読者は広告であっても自然に、むしろ楽しく受け入れてくれると思っています。
──今後、取り組んでみたいコラボレーションのジャンルはありますか?
基本的には「生活を楽しくするもの」なら、日用品からコスメ、食品まで何でも大歓迎です。私自身、百貨店文化も大好きですし、女性の生活を彩るようなテーマにはずっと関心があります。ご依頼があれば、お酒のラベルやお菓子、スイーツなど、「女性の毎日をちょっと楽しくするもの」なら、本当に何でもやりたいですね。
私がこれまで女性向けの漫画を描いてきた理由も、実はそこにあるんです。私は地方で育ちましたが、都会的な女性の暮らし方や考え方、大人になるためのヒントを、すべて少女漫画から教わってきました。だから今度は私が、今の時代に合った形で「こんなふうに生きてもいいんだよ」「こんな女性像も素敵だよ」と思えるものを、漫画でも、商品でも、IPという形でも届けていけたら。企業と作家が、お互いのターゲットをしっかり理解して組むことができれば、そこにはものすごい化学反応が起きると信じています。
『まるさんかくしかく』を宮崎の共有コンテンツにしていきたい
──「届けたい」という想いを抱きながら進んでいく(歩んでいく)、今後の作家生活。『まるさんかくしかく』の展開へのビジョンをお聞かせください。
この作品に関しては、すごくシンプルです。この作品を宮崎の全企業の社長さんに読んでほしいですね。県民漫画として。私の漫画ファンや宮崎出身の方はすでに読んでくださっている方も多いと思うのですが、目標としては宮崎の企業の休憩室すべてに置いてほしいですね。宮崎県で働いている人たちが、ちょっと休憩中に読んで笑える漫画として、そこにあってほしいんです。

──映像化への期待や、作家としての今後の展望についても教えてください。
映像化は運の要素も大きいので執着はしていません。でも、もし形にするならアニメですね。『まるさんかくしかく』の空気感に動きと声がついたものは、一度見てみたいです。一番の難関は、たぶん宮崎弁ですけど。そのときは同級生を何人か「方言指導」として横に立たせるしかないなと思っています(笑)。
あとは、自分の人生の話になりますけど、ずっとワークライフバランスを無視して走ってきたので、50歳になったいま、さすがに少しゆっくりしようかなと思っています。これからは世界の主要都市を自分の目でちゃんと見てみたい。この間、初めてニューヨークに行ったのですが、あらためて驚くくらいに刺激的でした。
まだ行ったことのないパリなど、ヨーロッパも含め、これからはしっかり世界を見て、ちゃんと休んで、それでも面白いものは描き続ける、充実した50代にしたいですね。そんな東村アキコが作る物語と新しい接点を、ぜひ楽しみにしていただければと思います。
圧倒的な執筆量をベースに、ハウツーという視点で漫画を捉え、面白さを届けてきた。これからも作家自身が作品への入り口となり、時代に合わせた接点を自ら切り拓いていきたい、と視線を前に向けた。描き、伝え、そして笑わせる。「最高にくだらなくて、役に立つ」物語を届けるために、東村アキコはこれからも物語を紡いでいく。

ビッグコミックス
『まるさんかくしかく』
1~5集発売中(以下続刊)
https://shogakukan-comic.jp/book?isbn=9784098625949

ビッグコミックス
『雪花の虎』

ビッグコミックス
『薔薇とチューリップ』
全1巻発売中(電子版)
https://shogakukan-comic.jp/book?jdcn=098604360000d0000000
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