作品の中に企業さんの商品の映り込みはできないかなって思っています。
『やわらかスピリッツ』有井大志編集長インタビュー

2023/11/07

「なんとかみたいなマンガを作りたい」というのはアリにしています

有井大志編集長は2000年に入社。『少年サンデー』で『からくりサーカス』(作/藤田和日郎)などを担当し、2012年に『ビッグコミックスピリッツ』に異動してからは、『やわらかスピリッツ』班長も務める。2020年にスピリッツ編集部から独立し、『やわらかスピリッツ』編集長に就任。

なによりも読者の嗜好に寄り添い、欲望を満たしていく完成度の高いマンガ作りがすべて

無料のウェブコミック配信サイトである『やわらかスピリッツ』の主な読者層を教えてください。

「『やわらかスピリッツ』では、年齢や性別といった従来の意味の読者層は想定していません。世間ではどういうジャンルやテーマが流行っているのかを探り、自分たちも面白がることができる範囲で、お客様のニーズを満たせる作品を作り上げようとしているんですね。だから、男性向け異世界ものから女性向けの後宮ものや溺愛もの、裏社会ものまでサイトに掲載されている作品のジャンルはバラバラです。編集部では特定の年齢や属性で輪切りにされた読者層をとらえることより、〝どういう嗜好を持ったお客様の、どういう欲望を満たそうとしているのか、言語化できるようになろう〟というのをスローガンにしています」

そのような編集方針の掲げ方は、これまでのマンガ作りの現場においては異質なものですよね。

「従来の漫画制作の現場では、まず漫画家さんと編集者が描きたい内容を絞り、全力で制作に取り組めば、きっと読者も興味を持って読んでくれるに違いない、という考え方で作品を制作してきました。『やわらかスピリッツ』は逆で、〝どんな読者のどんな欲望に応えようとしているか? 想定した読者は本当にこの世に存在しているのか? そういったことを作り手自身が言語化して自覚できているかどうか〟などを重視しています。事実、読者の欲望と表現している内容がズレてしまった作品は絵や構成が上手くても売り上げは低く、多少技術に難があっても誰のどの欲望に応えようとしているのか明確なマンガは売れるんです。

〝マンガを読んで、マンガを作るな〟というのは新人編集者がよく言われることなんですが、この言葉の意味は、作品を立ち上げる際に他の漫画やアニメを参考にするとどこかで見たことのある作品になってしまうので、誰も読んだことのないような斬新な作品を作ってヒットを飛ばしたかったら例えば映画や小説などを摂取して勉強するべきだ、という教えなんです。でも、例えば缶詰を作る会社の人が業界内でシェアナンバーワンを目指すという時に、ライバル会社がどんな商品を作っているのか、市場ではどんな商品が求められているのか調べないなんてことはあり得ませんよね。どうしてクリエイティブな現場でだけ他の業種では許されないような市場軽視が推奨されているのか、ずっと不思議でした。

そういったバックボーンがありますので、うちの編集部ではむしろ、『なんとかみたいなマンガを作りたい』というのはアリにしています。現場のスタッフが新しい企画を出してくれたら『この作品は、他社で言うとどういった作品の読者を取りに行っているのか?』と必ず聞いています。そこで例えば、『鋼の錬金術師』の読者に喜んでもらうつもりで作りました、ということであれば、ハガレンの読者はどういった欲望を持っていてあの作品はどういう形でそれを満たしていたのか? 新しい企画では想定した欲望にきちんと応えられているのか? そういったことをディスカッションしていきます」

ただ、ウェブ配信ですと、読者の嗜好が見えづらく、欲望をうまくつかみきれないように思うのですが。

「以前は電子書籍の売り上げが分かるまで何か月もかかる、などといったこともありましたが、最近はストアさんとのコミュニケーションも非常に密になっており、異常な動きをした作品があればすぐに知らせていただけます。むしろ電子書籍のほうがはっきりと読者の反応は見えますね。

電子書店さんは紙の書店さんに比べてそれぞれの得意なジャンルが比較的はっきりしていて、それで例えば女性向け明治大正溺愛ものの作品を配信した場合、そういったジャンルに強い電子書店さんでの売り上げが伸びれば、そういった嗜好の読者にちゃんと作品が刺さっているのだろうと判断がつくわけです。

もちろん、読者が学生なのか、社会人なのか、そういう細かいところまでは正直分からないのですが、常に欲望に応えていくという観点からすれば、年齢や収入で輪切りにされた読者層をとらえるみたいなことはあまり意味がなく、意識もしていません」

自然に無理をせずピタッと作品の内容と企業の方向性が合わさるような共創が理想

『やわらかスピリッツ』における他社との共創の代表といえば、三井不動産レジデンシャルと『プリンセスメゾン』(作/池辺葵)のウェブ上で繰り広げられた密度の濃い連携です。『プリンセスメゾン』は自立した女性が自分の家を持つことをテーマにしており、三井不動産レジデンシャルの訴求ポイントと合致。『やわらかスピリッツ』のHPから三井不動産レジデンシャルのHP内の『プリンセスメゾン』特別オリジナルコンテンツ<モチイエ女子project>に飛べるという仕掛けも。

「この共創は狙ったものではなくて、奇跡的に実現したものなんです。三井不動産レジデンシャルさんから広告のお話をいただいたときというのは、ちょうど作者の池辺さんが東京の街で女性がひとりで生きていくことをテーマにした作品を描きたいと打ち合わせを重ねていた時期だったんですね。それだったら、せっかくのお話なので広告を進めてみましょうかとなったわけです。もし、三井不動産レジデンシャルさんからの提案がもう少し遅く、『プリンセスメゾン』の原稿が仕上がっていたら、私たちも広告ありきで描き直しの部分が出てきてしまうのはよくないだろうと判断し、この共創は成立しなかったはずです。

いかにも案件という形で共創してしまうと読者も見透かしてシラけてしまいますし、結果的に人気も上がらない。『プリンセスメゾン』は、池辺さんが描きたかったことを描いているだけで、そこに多少はマンションの売買に関することも絡めてはいますが、そのことに関して否定的な描写やストーリー展開がなければ、三井不動産レジデンシャルさんも細かいことにはこだわらず自由に執筆させてくださいました。タイアップ作品ではありますが、そのことでまったく内容が歪んだりしていない。こういった作品の内容と企業の方向性が自然に合わさるような共創であれば、これからもどんどん実現させていきたいですね」

今後、仕掛けてみたい共創のアイデアはありますか。

「作品の中に企業さんの商品の映り込みはできないかなって思っています。例えば、学園モノのラブコメで男子学生と女子学生が下校途中に買い食いをするシーンがあったとします。それこそアイスメーカーさんが共創していただければ、そのシーンで売り出したい新商品のアイスを食べさせるのは可能ですし、2人の好物を新商品のアイスに設定すれば、作品自体のディテールも細かくなって、より面白さを深められそうですよね。また、並行してメーカーさんのブランド作りに貢献できるかもしれません。共創向けに主人公がアイスを手にしているような描き下ろしのポスターなども作れるでしょうし、そういったアプローチはあると思います。

ただ、現在の看板作品である『闇金ウシジマくん外伝 肉蝮伝説』は難しいかな。裏社会の連中が好んで食べているものに共創していただける企業さんがいるかどうか(笑)。それでも〝どうぞ〟と言ってくださる企業さんがいれば、ぜひやってみたいですけど。

難しいといえば、今はファンタジー作品が多いので、商品の映り込みなどは厳しいとは思いますが、将来的には現代的な作品が始まる可能性もありますから、その際にお話をいただけると助かります」

有井編集長の趣味は釣り。釣りの醍醐味の話になった際、この時間帯だからこういうルアーを使ってこの角度で投げてみようとか、そういう戦略が合っていると一発で魚って釣れるんですよ、とニッコリ。意図を持ち、何通りも工夫したことが成果となって目に見える形で返ってくるのが好きなんだそうです。有井編集長が仕掛ける様々な工夫によって魚たちは欲望を刺激され、餌を飲み込んでいるのかもしれません。これからも『やわらかスピリッツ』は、読者の欲望を刺激的に満たす作品を配信していきます。

『やわらかスピリッツ』の媒体資料ダウンロードはこちら:

※週刊ビッグコミックスピリッツの下部に掲載があります。

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