長期連載の国民的キャラクターというのはある意味、安心と信頼のJISマークです。 『ビッグコミックオリジナル』菊池 一編集長インタビュー
2023/07/06
各作品のキャラクターたちの存在感が突出していることが、うちの誇るべき強みです
菊池 一編集長は1990年に入社後、『週刊ポスト』に配属され、主に経済関係を担当。その後、『ヤングサンデー』に異動。当時、隔週発刊だった同誌の週刊化に携わる。その後、『ビッグコミックスピリッツ』に異動し、『ホムンクルス』や『アイアムアヒーロー』など人気作品を担当後、『ビックコミックスペリオール』編集長に。2022年10月、『ビッグコミックオリジナル』の編集長に就任。
推しのキャラクターたちに会いにいく感覚の稀有なコミック誌
1973年に創刊され、今年で50周年を迎えた『ビッグコミックオリジナル』ですが、中心となっている読者層を教えてください。
「シニア世代が多いですが、若い世代の人たちも読んでくださっています。これは『ビッグコミックオリジナル』(以下、『オリジナル』)の特筆すべき特色だと思うのですが、じっくりと、それこそ貪るように誌面を読み込んでくださっている読者が多いんです。連載作品、読み切り作品はもちろんのこと、誌面の下段に掲載されている運勢占いやトピックス、ミニ知識に至るまで目を通してくださっています。
以前、下段のミニ知識の掲載を取りやめたことがあったのですが、『また読みたい』『すぐに再開を』といった要望が寄せられ、そんなにも熱心に隅々まで読んでくださっているのか、と胸が熱くなったことがあります。連載作品以外のちょっとした活字のコーナーも丸ごと楽しんでくださっている。そういう意味で、『オリジナル』は他のコミック誌と比べても稀有な存在だと思いますし、手応えのある素晴らしい読者に支えられていると感じています」
これはよく話題になるのですが、『オリジナル』と『ビッグコミック』の違いは、どこにあるのでしょうか。
「純然たる違いがあります。『ビッグコミック』は男性的な作品が多い。例えば、主人公の成長物語だったり、内容的にも人の心の根底を揺るがすようなハードさを追求していたりして、いわば男性コミック誌の王道を闊歩している作品が中心となっています。『オリジナル』はその点、内容的に少しソフトなんですね。その柔らかい下地がある分、どんな世界観でも受け入れ、作品のテーマを広げていける。
また、『ビッグコミック』のほうは、どちらかというと、独特なストーリー展開で読者を魅了し、引っ張っています。『オリジナル』もストーリー展開で読者を引き込ませていますが、それよりも各作品のキャラクターたちの存在感が突出しているんです。『釣りバカ日誌』の浜崎ちゃんとか、昔の作品でいえば『浮浪雲』の雲や、あぶさんもそうですよね。彼らが魅惑的な求心力となっている。つまり、『オリジナル』の読者は毎号展開されているストーリーを踏まえ、自分の推しのキャラクターに会いにきているといった感覚だと思うんです。そこが『ビッグコミック』に限らず、他のコミック誌との違いでもあり、誇るべき『オリジナル』の強みなのではないでしょうか」
キャラクターの存在感が突出しているのも要因だとは思いますが、『オリジナル』には20年、30年と続いた、続いている連載作品ばかり。しかも、連載中はまったくクオリティが落ちず、新しい読者も生み出しています。こうした超長期連載を作り出していく秘訣は?
「とにもかくにも、各先生方の凄さに尽きます。何が凄いって、まずは体力。ベテランの先生でも疲れ知らずで、信じられないくらいエネルギッシュです。内なるエネルギーが本当にとんでもないです。
『浮浪雲』の作者のジョージ秋山先生が第24回小学館漫画賞を受賞されたとき、壇上から『(漫画家に必要なのは)発想と体力』と断言されたそうです。その秋山先生の一言でもわかるとおり、長期連載を生み出す秘訣、長期にわたる連載でも作品の質が落ちない秘密は、編集部や編集者の力、ましてや采配がどうのこうのはあまり関係なく、すべては各先生方の飽くなき知的好奇心と恐るべき体力にあると思います」
そんなモンスターのような先生方と同じフィールドで競い合うべく、新しい才能を発掘する『オリジナル』と『ビッグコミック』合同の新人賞『青年漫画賞』の募集が始まりました。菊池編集長は募集記事において〝広く浅く受け入れられるオモシロより、たった一人の読者の心に深く突き刺さるオモシロを、読みたいと思います〟と呼びかけています。
「極端なことを言ってしまえば、大事なことはひとつだけ。コレを自分は面白いと思っているという信念なんですね。どれだけその自分の直感を信じ、曲げず、面白いと信じ続けられるか。例えば、1985 年から1988年にかけて『ビッグコミックスピリッツ』で連載されていた相原コージ先生の4コマギャグ漫画『コージ苑』。初めて目にしたときは、僕も何が面白いのかさっぱりわからなかった(笑)。事実、連載当初は読者アンケートでも下位のほうで人気がなかったそうです。しかし、1年、2年と連載が続くうちに人気に火が付いた。何がどう面白いのかうまく説明できないけど、なぜだかやっぱり面白いと感じる読者がジワジワと染み入るように増えたんだと思います。
もしかしたら、本当に面白いもの、凄いものって最初は理解されにくいのかも知れません。それはコミック以外にも言えることで、それこそダウンタウンの松本人志さんが生み出す笑いも、彼らのデビュー当時は理解されていなかった。あの横山やすし師匠にけちょんけちょんに酷評されていたぐらいでしたから(笑)。そういう意味でも、応募しようと意気込んでいる人たちには〝恐れるな、自分の直感を信じろ〟と言いたいです。
とかく今の若い人たちはギャンブルを嫌い、安定路線というか、売れそうな傾向の作品を意識しがちですが、大切なところは他にあると気づいてほしい。そういう安定路線は結局どこかで見た、すでに誰かが描いた作品の模倣でしかありませんし。読者のみなさんには、自分の心の声に素直に耳を傾けている若い才能たちの奮闘ぶりを、ぜひ温かく見守っていてもらいたいですね」
若い世代に新鮮に映える『昭和』というキーワードが共創のポイント
最近の『ビックコミックシリーズ』と他社との共創(タイアップ・コラボ商品開発など)で、注目度が高かったのはJKA(公営競技の競輪とオートレースを統括する国民の健全なる余暇を推進する公益法人)との大規模な展開です。
「とても刺激的な共創でしたね。見慣れている、読み込まれている『ビッグコミック』シリーズのキャラクターや執筆されている先生方の絵を登用することにより、まずは多くの人の興味を募らせ、関心を集める。そして、力強い絵に導かれるようにJKAの認知度を高めていく。見事にピタッとハマった共創でした。やはり、コミックのキャラクターたちはグイッとより多くの人を対象物に向かせる力、ポテンシャルを秘めていますよね」
ただ、キャラクターとの共創に躊躇しているクライアントさんもまだまだ多いと思います。特に長期連載を抱えている、国民的キャラクターを有する『オリジナル』は制約が多く、敷居が高いと思われがちです。
「いえ、ハードルはむしろ低いと思います。編集部としては、どのような共創であっても、お話を聞かせていただきたいですし、先生方も作品を大事に思っていただけるコラボであれば、常に前向きですしね。
考えてみれば、長期連載の国民的キャラクターというのはある意味、安心と信頼のJISマークが付いているようなものですから。例えば、浜崎ちゃんがある商品を手に取り、ニコッとあの笑顔で微笑んでいるだけで、その商品は絶対的な安全性を醸し出す。そういった相乗効果を狙ってみるのも悪くないのではないでしょうか。
以前に、TOYOTAさんと『釣りバカ日誌』がプリウスPHVで共創したことがあるんです。TOYOTAさんは新車プリウスの性能と安全性を家族向けにアピールしたいということで、浜崎ちゃん一家が登場し、車の優れた点などをかみ砕いて説明する共創展開を行っています。この例などは、まさに浜崎ちゃん一家という誰もが親しみを持つキャラクターたちが全面に出てくることにより、読者の家族も含めた多くの人の関心を自然と引き寄せ、無理なく新車のアピールポイントも伝えられる効果がありました」
今後、他社との共創で、こんな展開を実現させてみたいと企画していることはありますか。
「具体的にはないのですが、ヒントになりそうなことはあります。もうすぐ若者層に人気の高いアパレルブランドが『釣りバカ日誌』とコラボして、Tシャツやキャップを発売します。シニア世代に人気のある『釣りバカ日誌』との〝合体〟は新鮮ですし、それだけでインパクトがある。浜崎ちゃんたちが若者たちにどう受け入れられるのか興味がありますし、どんな化学反応を起こすのかにも注目しています。若い世代にも『釣りバカ日誌』は支持されていますけど、若い人たちだらけのおしゃれな販売フロアに浜崎ちゃんがいるってことだけで、なんだか楽しそうですよね(笑)。
このように、若い世代に昭和を感じさせるキャラクターを組み合わせる、共創してみるのは予期せぬ波及効果を期待できますし、刺激的なのではないでしょうか。西武園ゆうえんちでは昭和レトロをテーマにした施設が若い層に人気がありますし、彼らにとって今や昭和という時代は新鮮に映っているんだと思います。ソコを突ける、広げられる企画であれば、僕も見てみたいです。『オリジナル』には、『三丁目の夕日』というもってこいの作品がありますし、他にも長期連載で昭和の匂いを漂わせているキャラクターや、連載が終了しているキャラクターたちも元気に息を潜めていますから(笑)」
編集長の趣味を教えてください。その趣味が編集作業に反映されることはありますか。
「古典文学を読むのが好きです。最近ではミゲル・デ・セルバンテスの『ドン・キホーテ』を読んでいます。30代は何かと忙しくて読む時間を見つけられなかったんですが、40代を過ぎた頃にまた読むようになって。驚いたのは20代の頃に読むのと、40代を過ぎた自分が読む古典文学では受ける印象も解釈も違うということ。去年も『カラマーゾフの兄弟』を読んだのですが、若い頃とは理解の度合いが違うんだなと痛感しました。ドストエフスキーの作品ですから一般的な評価が高いのはわかっていましたが、改めて鳥肌が立つくらい素晴らしい物語なんだと思い知らされました。若い頃に読んだときは、そこまで感動しなかったんですけどね。だから、そういった古典文学における新しい発見を見出すのが面白くなってきました。
いろいろな体験を積み重ねてきたから言えるのかもしれませんが、これまで過ごしてきた時間の中で忘れがちな親の愛情などを読み込んでいる最中にふと理解できたりするんですよね。たぶん、若い頃に読んでいたときは大事なことを理解できず、読み落としていたというか、読んでいても活字からこぼれ落ちていたのかも。
思うに、古典文学って、単に古い物語なのではなく、そのときどきで読み始めた瞬間から、新たな物語に生まれ変わっていくものなのかもしれません」
少し照れた表情を浮かべながら、学生が読むような古典文学を社会人になってから読み始めたんですよ、と教えてくれた菊池編集長。今でも編集作業に思い悩んだときや煮詰まったときには時間を見つけページを開くそうです。そうすると心がいったんフラットな状態に戻り、仕事の原点を思い出すことができるとか。これからも菊池編集長は、『オリジナル』の特色でもある柔らかい創作の下地を作り続け、あらゆる世界観を受け入れた豊かな作品たちを送り続けていくことでしょう。
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