作家が語るヒット漫画の舞台裏──東村アキコ 第2回 「年間1000枚」の執筆を経てたどり着いた、東村流のクリエイティブ
2026/02/02
『まるさんかくしかく』(ビッグコミックオリジナル)、『東京タラレバ娘』(講談社)、そして実写映画化も話題となった自伝的エッセイコミックの傑作『かくかくしかじか』(集英社)など、社会現象級のヒットを連発しながら、いまなお圧倒的な筆力で第一線を走り続ける東村アキコ氏。その創作の根幹にあるのは、誰よりも手を動かしてきた25年の歳月だ。
並外れた量をこなしながら磨き上げられた制作スタイルは、一見すると直感的なひらめきに導かれているように見える。だがその実態は、育児と創作の両立という激務の中で研ぎ澄まされた、クリエイティブの最適化だ。第2回では、迷いを削ぎ落とし、最短距離で面白さを届けるための秘訣を紐解く。

【プロフィール】
1975年宮崎県生まれ。金沢美術工芸大学美術科油画専攻卒業。1999年、「フルーツこうもり」で漫画家デビュー。主な作品に『雪花の虎』(小学館)、『ママはテンパリスト』『かくかくしかじか』(ともに集英社)、『海月姫』『東京タラレバ娘』(ともに講談社)『偽装不倫』(文藝春秋)など。
講談社漫画賞、マンガ大賞、文化庁メディア芸術祭マンガ部門大賞、米国アイズナー賞最優秀アジア作品賞、芸術選奨文部科学大臣新人賞、アングレーム国際漫画祭ヤングアダルト賞など受賞歴、さらに映像化作品も多数。
2026年1月現在、『まるさんかくしかく』(ビッグコミックオリジナル) 、『まるさんかくしかく+』(ちゃお)、『銀太郎さんお頼み申す』(集英社)連載中。
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ネームに縛られず、“走りながら描いていく”創作論
──前回は、「ビッグコミックオリジナル」で連載中の『まるさんかくしかく』について、その背景にある記憶や原風景をうかがいました。今回は、制作のプロセスやスタイルについて、掘り下げて教えてください。
『まるさんかくしかく』の立ち上げでは、小学校時代をテーマに描くということが決まってからは、とにかく描き始めて原稿を出すという、ネーム(下書き)も描かずに、いきなり原稿からのスタートでした。「饅頭を丸めてそのまま納品しているようだね」と担当編集とは話していましたが(笑)
今はこのスタイルになっていますが、たとえば「上杉謙信女性説」をテーマに描いた『雪花の虎』は、私にとって初めての歴史もの。かつ新創刊の雑誌(月刊ヒバナ)だったこともあり、ネームを切って担当編集とすり合わせていきました。

なので、作品によりけりではありますが、『まるさんかくしかく』に関しては「東村アキコのコメディーの世界観はもう出来上がっている」という信頼をしていただけたのか、ありがたいことに完成原稿の状態で編集長に確認していただきました。もちろん何か要望や相談があれば調整・修正しますし、連載中の今もそういうスタンスです。ただ、珍しい進め方だとは思います。
──こうした制作スタイルに至った背景には、どんな経緯があったのでしょうか?
転機になったのは、「週刊モーニング」(講談社)で『ひまわりっ~健一レジェンド~』を連載していた頃です。子育ての真っ最中で、夜中に子どもが寝ている数時間だけが勝負の時間。そんな状況では、ネームを描いて、編集とやり取りしながら……なんてペースでやっていたら、連載なんて続けられません。だから、ネームを飛ばしていきなり原稿を描くスタイルになり、それが定着していったんですね。
私はもともと、プロットをガチガチに固めてから描くタイプじゃなかったんです。キャラクターが勝手に動き出す感覚があって、描きながら話がどんどん立ち上がっていく。『かくかくしかじか』(集英社)も、一度もネームを切らずに描いた作品です。描き始めたときは、まさかあんな作品になるとは思っていませんでした。そして『まるさんかくしかく』も、描きながら「どこに着地するんだろう?」と思うくらい、物語が勝手に動いていく。この取材の前も、ちょうどクリスマスのエピソードを組んでいましたが、自分で描きながら「なんでこんなことになったんだろう」って爆笑してました(笑)。そのライブ感こそが、自分にとって何より面白いんです。

年間1000枚の執筆量が生んだ、迷わず描く力
──『かくかくしかじか』や、『東京タラレバ娘』『海月姫』(講談社)など、数多くの話題作を並行して手がけてきました。そのハイペースな創作の裏側には、どんな積み重ねがあるのでしょうか?
私、漫画家としてはスタートが遅いほうだったんです。美大を卒業後に一度就職していますからね。デビューしてみると、周りの漫画家は10代から描いてる人ばかり。その焦りがあって、「とにかく描かないと追いつけない」という気持ちが強かった。そこで自分に課したのが、「年間1000枚の原稿を描く」というノルマです。
少女漫画って、年間400〜500枚を描けばかなり多いほうなんですけど、20代のときに「よし、倍の1000枚描こう!」って決めて。月80〜90枚を10年近く続けました。今思えば、かなり無茶してましたね。
──1000枚を10年……まるで漫画文化の黎明期のような執筆量ですね。
当時、担当編集にも「現代でこんなに描いてる人いないです」って言われました。女性漫画家ではまずいないと思いますし、男性でもほとんどいないんじゃないかな。その間、本当にずっと描いてました。隔週連載を複数抱えていたりして、『雪花の虎』を描いてた頃なんて、月160ページくらい仕上げてましたから。自分でも「よくやってたな」って、今にして思います。
──膨大な作業量をこなす中で、自身の描き方やスタイルに変化はありましたか?
そうですね。「描き込みすぎないように」ということでしょうか。同世代で九州出身の久保ミツロウさん※の漫画を見たとき、「すごい描き込んでるな……これ、私には絶対できない」と思ったんです。絵の密度って、一度上げると、なかなか戻せないんですよ。
※久保ミツロウ 長崎県出身 代表作に『モテキ』『アゲイン!!』など
作家によってそれぞれだと思いますし、描き込まれた絵が魅力で、それを楽しみにするファンを持つ方もいらっしゃいます。作品のジャンルに合った絵柄というのも大事ですし。でも、あくまでも私の場合は、めちゃくちゃ描き込んでいったら、年間1000枚というペースでは描けないし、複数の連載を安定して描いていくことはできない、持続的じゃない、と実感したんです。だから、自分の中で「ここまで描いたらOK」というラインを決めて、描き込みすぎない。それが私のスタイルです。

くだらないほど、強い。読者に寄り添う“ハウツー漫画”の哲学
──作品の多くに、読者の背中を押すような実感のこもった言葉が登場します。漫画を通じてどんなものを届けたいと考えていますか?
私は、漫画をむしろ「実用書」だと考えているんです。『東京タラレバ娘』なら婚活のハウツーだし、『まるさんかくしかく』なら昭和60年の宮崎という舞台のトリセツです。読んだあとに「面白かった」はもちろんなんですが、たとえば『東京タラレバ娘』を通して、「こう考えると詰むよ」とか、「ここで立ち止まれたら、ちょっと先が変わるよね」とか。そういう現実的な選択肢を、ストーリーにして提示しているんです。私にとって、読む人にとって意味があるかどうか――。そこが出発点になっていると思います。自分の世界を表現したいというよりは、サービス業に近い感覚なのかもしれません。
──「漫画でハウツー本を書いている」という感覚は意外でした。
たとえば、「『かくかくしかじか』は、もはや文学ですよ」と言われることがあるんですけど、正直、それってちょっとモヤモヤするというか……。それって、「漫画は下だけど、これは格上げしてあげますよ」と言われているようなものじゃないですか。
私はギャグ漫画が本当に好きで、たとえば『おぼっちゃまくん』(作:小林よしのり)や『つるピカハゲ丸』(作:のむらしんぼ)のような、くだらなさに全振りしている作品を心から信奉しているんです。
漫画って、くだらないからこそ強い。だから私は、文学のような高尚さで勝とうとは思ってなくて、むしろ、「くだらなさ」で勝ちたい。漫画は漫画として、ちゃんとくだらなくて、ちゃんと役に立って、ちゃんと面白ければ、それでいいと思ってます。それが、私が描き続けている理由です。
「ネームなし」の制作スタイルや、描き込みすぎないという最適化の哲学――第2回では、東村アキコ氏の驚異的な筆力を支える創作術に迫った。第3回では、作品を届けるために作家がフロントに立つ理由、そして物語と広告の新たな関係について、現在進行形で進むチャレンジに迫る。

ビッグコミックス
『まるさんかくしかく』
1~5集発売中(以下続刊)
https://shogakukan-comic.jp/book?isbn=9784098625949

ビッグコミックス
『雪花の虎』

ビッグコミックス
『薔薇とチューリップ』
全1巻発売中(電子版)
https://shogakukan-comic.jp/book?jdcn=098604360000d0000000
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