『ガガガ文庫』気鋭の編集者が語るヒットラノベの舞台裏──岩浅健太郎 最終回青春ラノベの幹を太く! 見すえる次代のヒットとは
2025/10/06
ライトノベル(以下ラノベ)は「小さな物語の原石」。それは、アニメ・グッズ・地域とのコラボまで広がっていくメディアの出発点だ──そう語るのは、『ガガガ文庫』編集者・岩浅健太郎。JR東海とタッグを組んだ『負けヒロインが多すぎる!』の異例タイアップも、その力の証明だ。
だが一方で、ネット発小説の大量供給とヒット依存が加速する今、作家と編集者がともに“0→1”を生み出す場は縮小しつつある。だからこそ、お互いに選び、選ばれる。その現場にこだわり、尖った企画を世に問う土壌を守ることが、今の岩浅のミッションになっている。最終回では、原作×地域の新たな可能性、業界全体の課題、そして「挑戦するレーベル」としての『ガガガ文庫』の動きに迫る。

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地域と物語をつなぐ編集のあり方──豊橋×『マケイン』が生んだ新たなコラボ
──タイアップ、コラボ展開についてもお聞きしていきます。『負けヒロインが多すぎる!』、通称『マケイン』はJR東海の「推し旅」キャンペーンとコラボが実現しましたね。
これは本当に異例でした。当時、まだアニメ化もしていない原作に対して、JR東海さんからコラボの話が来たんです。正直、前例がほとんどないケースです。しかも、その反響を受けてアニメ化の際には製作委員会にまで入ってくださって。「売れたからコラボしよう」ではなく、「なにか感じたから声をかけた」と言ってもらえたのが、本当にうれしかったです。
この一連の流れは、業界的にもかなりインパクトがありました。「ラノベ原作コラボでもここまでできるんだ」という好事例になったと思います。

©雨森たきび/小学館/マケイン応援委員会
──『マケイン』の舞台が豊橋になった経緯を教えてください。
最初に原稿を読んだときから“舞台があるな”と感じていて、作者の雨森たきびさんに聞いたところ「豊橋です」と。ただ、プロフィールには九州在住とあったので「なんで豊橋?」と疑問に思ったんです。ちょうど他のガガガ作品でも地方舞台が増えていた時期だったので「流行に乗っかった……?」と、正直ちょっと疑ってしまって(笑)。舞台設定するのは全然よいのですが、あまり知らない土地でニワカ感が出ると怖いなと思っていたんです。雨森さんが生まれてから18歳までずっと豊橋で過ごしていた、という背景を聞けて「じゃあいいか」となったんですけどね。
――豊橋の方からも反響があったと聞きました。
はい、SNSで1巻発売前に告知したのですが、大きな反応があって驚きました。豊橋の方は“地元愛”がすごいんです。“地元発の作品が出た”と感じてもらえたことで、一気に応援ムードが広がった印象がありました。
その反響を受けて、2巻以降はむしろ意識的に豊橋の描写を増やしていきました。3巻発売に合わせて地元の動植物園「のんほいパーク」とのコラボが実現したときは、たしかな手応えを感じましたね。

──地域と結びついた作品づくりは、読者との距離感にも影響するのでしょうか?
そう思います。リアルな土地に根ざした物語って、それだけで読者との距離をぐっと縮めてくれる。地名を知っていたり、実際にその場所に行けたりすることが、読者の没入感に直結するんですよね。
──現実の地域を舞台にすることには、どんな可能性があると感じていますか?
作り手側と受け手側、通常そこで完結するコンテンツに「地域側」が加わってパワーアップする…という感覚でしょうか。『千歳くんはラムネ瓶のなか』(通称『チラムネ』)では福井県が舞台になっていて、初期から地元と連携してコラボ事業を動かしてきました。作り手、地域、ファンが三方よしと言えるような関係を築きながら、どんどん作品が大きくなっていった感覚があります。『マケイン』と豊橋でも、同じ流れを作れていると思います。

©裕夢/小学館/チラムネ製作委員会
特に青春ラブコメのような“地に足のついた物語”は、ファンタジーとは違い、現実の地域と自然に結びつけやすい強みがあります。狙いすぎるのもいやらしいですが、ハマれば非常に有効なアプローチです。『マケイン』の場合では、JR東海さんにとっても、実際にその土地に足を運んでもらうことが価値につながりました。

今は日本のアニメコンテンツが世界中に届いて、海外から“聖地巡礼”のような動きも生まれています。作品と地域が手を取り合うことの意味は、これからもっと大きくなっていくと感じます。
ネット発の波に飲まれない。ゼロイチを生み出せるレーベルであり続けたい
──アニメ放送を控えている『チラムネ』について、今の手応えをあらためてお聞かせください。
宝島社の『このライトノベルがすごい!2021~2022』で文庫部門2連覇を果たし、『同2023』ではアニメ化前としては史上初の殿堂入り。現代の青春ラノベを象徴する存在になってくれたと思います。個人的にも、ガガガ作品として初の『このラノ』殿堂入りを果たした『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。』(作:渡 航 通称『俺ガイル』)シリーズの後をどうつなぐかというテーマに、ひとつの回答を示せたのかなと感じています。
『俺ガイル』のように、ジャンルそのものを背負える“幹”を持つ作品はなかなか現れません。『ガガガ文庫』から、再び幹となる作品が出てきてくれたことを本当にうれしく思っています。
──ラノベ業界における現在の課題について、どのように感じていますか?
新規読者、特に若い読者が減ってきていることを懸念しています。それは作品の幅や、新しい刺激が減っているのもあるのかなと感じていて。最近の傾向として、求められるものを求められたように出す、という「読者の安心」を前提にした作品が増えてきています。ネット小説の人気作をそのまま刊行する傾向も、この流れに拍車をかけています。もちろんそうした作品に需要があることは確かですし、ニーズを押さえた作品を刊行していくことも大切です。ですが、安心なものだけでは新規ファンの心を掴むのに十分ではありません。 作家や編集者から‘仕掛ける’発想が失われることで、「なんだこれ?」と驚かせるような新しい企画も減ってしまう。その先にあるのは業界のマンネリ化や文化の衰退かもしれないという危機感があります。
──そのような中で『ガガガ文庫』はどのように存在感を発揮していきますか?
ラノベというジャンルは、本来“尖った面白さ”を発信しやすい文化です。だからこそ、そこにこだわり続けたい。幸い『ガガガ文庫』には、新しいもの、尖ったものを面白がれる文化がある。誰も見向きもしないものでも「面白い!」と絶賛する編集が1人いれば、それは本となって世に問えるのです。たとえば『チラムネ』のように。新人賞の強さも大きな武器です。改めて考えると、すごいことですよね。ガガガで書きたい人が応募してくれて、受賞し、ヒット作をつくる。お互いに選び、選ばれて、レーベルという場が育っていく。これがうまく回っていることが、本当に『ガガガ文庫』の魅力だと思っていますし、大切にしていかなければならないと考えています。
尖った作品に場を──『ガガガ文庫』の未来図と編集者としての挑戦
──今後、編集者としてどんな挑戦を重ねていきたいとお考えですか?
僕がひとつ目標としているのは、“つながりを生み出せる作品”を届けることです。ラノベ編集を17年間続けてきて、もちろん大好きな仕事なのですが、ある時期は同じ作業をループしているようなしんどさもあった。でも、『チラムネ』を担当した頃からすこし変化がありました。
聖地ができ、地域とコラボし、作品がきっかけで多くの人と出会えました。一編集者として会社にはりついていては絶対に関われなかったような人たちと、作品を通じてつながることができた――それがすごく新鮮で、楽しかった。
『マケイン』も同じで、豊橋に通うようになって生まれたつながりがたくさんあります。それは自分だけのことでもなくて、作品きっかけでファン同士が仲良くなったり、地域の人とファンが馴染みになっていくことにも喜びを感じます。
聖地を作りたいわけではなく、人と人をつなげる物語を世に送り出していきたいと思っています。
──最後に、今後注目してほしい作品と『ガガガ文庫』の展望についてお聞かせください。
まず、『千歳くんはラムネ瓶のなか』が2025年10月からアニメ放送開始になります。そして『負けヒロインが多すぎる!』もアニメ2期が決定し、制作が進行中です。どちらも最高のスタッフさんたちと時間をかけて丁寧に作りこんでいます。きっと素晴らしいものになるはずです。

『魔女と猟犬』『白き帝国』『お嬢様バズ(【悲報】お嬢様系底辺ダンジョン配信者、配信切り忘れに気づかず同業者をボコってしまう)』などなど、今後が楽しみな作品もたくさんあります。ぜひ動向に注目してほしいです。

それから、『ガガガ文庫』というレーベル自体も、もっと知っていただきたいですね。
ガガガには個性ある作家と冒険心あふれる編集者がいて、「尖ったものを面白がれる」という独自の土壌があります。そして僕たちは、根っこのところで物語の力を信じています。人と人をつなぐことも、物語が持つ力に他なりません。
『チラムネ』や『マケイン』から『ガガガ文庫』を知った人が、他の作品に触れてくれるのは本当にうれしいことです。
ガガガから出てくる作品はいつも面白い。そう思ってもらえるレーベルを目指して、これからもがんばりたいですね。
スピーディーに、圧倒的な情報量を惜しみなく繰り出す岩浅。その芯にはラノベというジャンルへの深い愛情と、作ること、届けることにまっすぐ向き合う責任感がある。企画を考え抜き、作家とともに走り、作品を育てていく――編集という枠を越え、未来の読者に橋を架けようとする情熱だ。「面白い」と信じられる作品には、全力で関わる。そんな姿勢が『ガガガ文庫』の誇りとなり、岩浅自身の原動力になっている。今日もまた、物語の“はじまり”を創り続けていく。

ガガガ文庫
『さびしがりやのロリフェラトゥ』
作/さがら総 イラスト/黒星紅白

ガガガ文庫
『妹さえいればいい。』
作/平坂 読 イラスト/カントク

ガガガ文庫
『変人のサラダボウル』
作/平坂 読 イラスト/カントク
1~8巻発売中(以下続刊)
https://www.shogakukan.co.jp/books/09453038

ガガガ文庫
『千歳くんはラムネ瓶のなか』
作/裕夢 イラスト/raemz
1~9巻発売中(以下続刊)
https://www.shogakukan.co.jp/books/09451796

ガガガ文庫
『負けヒロインが多すぎる!』
作/雨森たきび イラスト/いみぎむる
1~8巻発売中(以下続刊)
https://www.shogakukan.co.jp/books/09453017
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