『ガガガ文庫』気鋭の編集者が語るヒットラノベの舞台裏──岩浅健太郎 第2回勝ち筋のビジョンを実現する構想力と行動力
2025/09/29
「このライトノベルがすごい!」大賞受賞作『千歳くんはラムネ瓶のなか』や『負けヒロインが多すぎる!』を世に送り出してきた編集者・岩浅健太郎。作家との伴走で生まれる作品づくりの裏には、もう一つ、ライトノベル(以下ラノベ)特有の勝負所がある──それが「パッケージ」、とりわけ表紙(ジャケット)のインパクトだ。
書き下ろしが主流のラノベでは、連載を通じて読者の反応を探るプロセスがなく、刊行の時点で勝負が決まる。編集者にとっては、まさに刊行前からの設計がすべてを左右する世界だ。その一手を託す表紙に、どんな覚悟を込めて選び、どう読者に届けるか。さらには、SNSやタイアップなどを駆使した空中戦を制する戦略も、ヒットには欠かせない。
第2回では、そんな「勝ち筋」のビジョンを実現する技術とプロデュース力、ラノベ編集者のリアルに迫る。

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一発勝負に挑む“並走者”──書き下ろし×シリーズづくりの舞台裏
──ラノベを取り巻く環境や編集という仕事は、この十数年でどのように変化してきたと感じますか?
ラノベ編集者って今、本当にやることがどんどん広がっている実感があります。いや、正確に言えば「やらざるを得なくなっている」というのが近いかもしれません。昔は、作品を世に出せば、ある程度自然に売れていく時代でした。編集者も作家の伴走に専念できた。でも今は、書籍というコンテンツがなかなか売れない時代だからこそ、編集がプロデュースや宣伝まで含めて担っていかなければいけません。結果的に、総合プロデューサーのような立ち位置になってきていると感じます。
──その中で、ラノベは「書き下ろし一発勝負」というスタイルになります。その難しさはどう感じていますか?
そうですね、漫画のように連載で読者の反応を見ながら展開を調整することができない分、ラノベは“出した瞬間にすべてが決まる”という怖さがあります。読者の手に届かなければ、それで終わってしまう。だからこそ、発売前からどれだけ関心を惹けるか、SNSなどを通じてどんな仕掛けを用意するか──そうした届け方を常に考える必要があります。そこまで含めてが、今の編集者の仕事なんだと思います。
とはいえ、自分が「面白い!」と信じた作品をなんとしても届けたいという気持ちは今も昔も変わりません。しんどいことも多いですが、それでも作品にできる限りのことをしたい。だからこそ、時代や読者の変化に合わせて、編集者自身も常にアップデートしていかなければいけないと感じています。
──作家との関係性も含めて、シリーズを継続・発展させていく上で、編集者に求められることとは何でしょうか?
長期にわたるシリーズものでは、編集と作家の関係性が本当に大切です。前回、『チラムネ(千歳くんはラムネ瓶のなか)』のエピソードで触れたように、校了の明け方まで粘って原稿を仕上げる――それは、対等に本音をぶつけ合える関係性があって、初めてできることです。
また、作家は昼間に別の仕事をしている方も少なくありません。お互いにきつくても「いいものを一緒に作りたい」と言える信頼関係が、最終的にはヒットにつながっていくのだと思います。
シリーズを続ける中で、作家の表現がどんどん研ぎ澄まされていくのを見るのは、本当に嬉しい瞬間です。特に3巻は一つの到達点というか、その作品の“本質”がはっきりと浮かび上がってくる巻だと感じていて、そこに向けて丁寧に原稿を磨いていくことが、編集者にとって非常に大事な役割だと思っています。

ジャケにすべてを込める──表紙で読者の心をつかむ編集術
──『ガガガ文庫』での制作に携わる中で、どのような魅力や特徴を感じていますか?
加わる前に感じていたのは、『ガガガ文庫』の“尖ることを諦めない”姿勢でした。もちろん市場や売れ線はしっかり見ているんですが、それでも「これは新しいな」「勝負してるな」と感じさせてくれる、強い主張がある。カバーからもその個性がにじみ出ているし、帯のコピーも抜群に面白い。そういうレーベルで、自分も作品を手がけてみたいと感じた。ガガガの一員となった今も、その印象は変わりません。
──作品を届けるために、編集者として最も重視していることは?
当たり前のようですが、作品の魅力を最大化することですね。そのために、外見から中身まで、妥協なく作り込めているかどうか。たとえば作品を多くの人に届けるためにもっとも効果的なのは映像化ですが、どれだけメディア展開をしても、大本の物語に魅力がなければそもそも拡がりません。だからまずは、作家と一緒に作品の中身をしっかりと作り込むこと。そうすることで、その作品の顔となる表紙がおぼろげながら見えてきます。
特にラノベは“ジャケ買い文化”が根づいているジャンルなので、表紙カバーの完成度がとても重要。どんなキャラが、どんなポージングで、何を訴えてくるのか。構図、背景、ロゴのフォントや配置、サイズ。色の印象。あらゆることに気を配りますし、デザイナーとのやりとりもとても大切です。
表紙の核となるイラストレーター選定には毎回、すごく慎重になりますね。ラノベは男性向けのイメージが強いですが、青春ものなどは女性に拒否感を持たれないこともポイントなので、「男女問わず好かれる絵柄かどうか」はかなり意識しています。
──イラストレーターは、どのようなアプローチで探しているんでしょうか?
主にX(旧Twitter)やpixivを見ていて、レコメンドで流れてきた絵が気になったらすぐお気に入り登録してストックしておきます。それ以外でも、漫画や小説など、気になる絵柄があれば作画の方の名前をメモしています。
『負けヒロインが多すぎる!』(通称:マケイン 作:雨森たきび)のいみぎむるさんも、以前から『この美術部には問題がある!』という漫画が好きで注目していたんです。依頼を受けてもらえたときは「この文章にこの絵がつくなら、売れなかったら編集のせい!」と思えるくらい、興奮しましたね。

──SNSを活用して作品を届けるという点でも、積極的に動かれていますね。
『チラムネ』のときに、どうしても届けたくて、個人アカウントを始めました。できることは全部やると覚悟を決めて、作者の裕夢さんと一緒に動きましたね。
ライトノベルに限らずですが、出版をとりまく環境が厳しくなり、個々の部数が落ちるなかでは、従来の宣伝部署や営業部署にはなかなか頼れない。特に売れる前の1巻はそうです。仕掛けないと売れないのに、ジレンマですよね(笑)。作品の魅力を伝えるためには、もはや自分が宣伝マンになり、営業マンになるしかないと考えたんです。ガガガ文庫は小さい組織なので、フットワークの軽さが武器。幸い、当時はエゴサ文化が広まり始めたタイミングでもあり、作家や編集者自身が読者の反応に応えることで、自然とファンとの絆が深まっていった。そうした流れにも後押しされて、SNS上での手応えはしっかりと感じることができました。
空中戦で仕掛ける編集──プロデューサー視点とアプローチ
──冒頭にも「立ち位置」の話がありましたが、編集という立場を超えて、プロデューサー的な視点を持たれているように感じます。
そうですね。僕自身の意識としてもそれに近い感覚です。コミカライズやアニメ化といったメディアミックス展開では、原作サイドの判断が求められる場面が多くあります。作家が遠方に住んでいたり、本業があったりすることもあるので、スピード感が求められる場面では僕が代理で判断を下すこともあります。
そのために大事なのは、“作品の芯”をどれだけ理解できているか。ともに作品を築いてきた“戦友”として、この作品の強みはどこか、譲れない部分はどこか、逆に広げられる可能性はどこにあるのか──そうした取捨選択を行いながら、全体が正しい方向に向かっているか俯瞰する──。そんな感覚で取り組んでいます。
──実際に手がけた作品では、どのようなプロデュースの工夫があったのでしょうか?
たとえばコミックアプリ『マンガワン』で『マケイン』のコミカライズをする際には、前職で仕事をご一緒していた、いたちさんにお願いしました。青春らしいエモさとコミカルなテンポのバランス感覚が絶妙なんです。
コミカライズは漫画編集部のほうから作家提案を受けることがほとんどですが、『マケイン』に関しては確信があったので、マンガワン編集部に逆提案させてもらいました。「いたちさんなら喜んで!」と当時の担当さんに言ってもらえてほっとしましたね。

アニメ化についても、ありがたいことにたくさんの会社からオファーがありましたが、どこが最適かを徹底的に悩んで選びました。候補の制作会社さんと仕事をした作家が知り合いにいたので、会いに行って話を聞いたりもしました。
もちろん作者の雨森たきびさん、イラストのいみぎむるさんと相談して決めたのですが、作品をプロデュースする側として、僕なりの考えを持ったうえでお二人に提案しました。最後に決めるのは著作者ですが、こちらもビジョンを持って対話する姿勢を大切にしています。

©雨森たきび/小学館/マケイン応援委員会
──ラノベ作品は長期シリーズになることも多いですが、長期的な構想はどのように考えていくのでしょうか?
シリーズの着地点は考えますが、明確な冊数までは最初からは決めません。物語全体の大きな流れを作家と確認しつつ、次に打つ展開を共有しながら、進路を定めていくイメージですね。常に“ゴール”と“中継点”を意識した設計を心がけています。
またアニメ化を視野に入れると、1クールでまとまる構成として3〜4巻が一つの基準になります。続刊の判断としても3巻が重要な節目。だからこそ、まずは3巻を確かな到達点と捉えて、その中で作品の“芯”をしっかり打ち出すことを目指します。
読者の反応が得られれば、5巻、8巻、10巻…と物語をさらに広げていくことができる。引き延ばしはしないけれど、物語に必要な巻まで本が出せる。それは作家にとっても読者にとっても、一番幸せなことですよね。打ち切りは、誰も望んでいません。
理想論かもしれませんが、できるかぎり作品にとっての幸せな結末まで導きたい。そこに辿り着けるよう併走したい。そう思っています。
一発勝負で挑むラノベ編集の現場には、作品と真摯に向き合う熱量と、作家と共に歩むバディ関係が欠かせない。そこに読者への届け方やパッケージング、そしてシリーズ設計まで含めたビジョンが加わり、作品は読者のもとに届いていく。
そして、その先にあるのは、届けた作品がどんな人と、どんなつながりを生むかという問いだ。第3回では、岩浅がフォーカスする「人と人をつなぐ物語」の理想、さらに続く挑戦を追っていく。

ガガガ文庫
『さびしがりやのロリフェラトゥ』
作/さがら総 イラスト/黒星紅白

ガガガ文庫
『妹さえいればいい。』
作/平坂 読 イラスト/カントク

ガガガ文庫
『変人のサラダボウル』
作/平坂 読 イラスト/カントク
1~8巻発売中(以下続刊)
https://www.shogakukan.co.jp/books/09453038

ガガガ文庫
『千歳くんはラムネ瓶のなか』
作/裕夢 イラスト/raemz
1~9巻発売中(以下続刊)
https://www.shogakukan.co.jp/books/09451796

ガガガ文庫
『負けヒロインが多すぎる!』
作/雨森たきび イラスト/いみぎむる
1~8巻発売中(以下続刊)
https://www.shogakukan.co.jp/books/09453017
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