『ガガガ文庫』気鋭の編集者が語るヒットラノベの舞台裏──岩浅健太郎 第1回作家と“バディ”になる──伴走型エディターの仕事哲学
2025/09/08
ライトノベルレーベル『ガガガ文庫』で『弱キャラ友崎くん』『千歳くんはラムネ瓶のなか』『負けヒロインが多すぎる!』『変人のサラダボウル』などアニメ化された一連の話題作を手がけてきた編集者・岩浅健太郎。作家と深く関わり、粘り強く企画を練る──そうした姿勢から生まれたのが、戦友とも呼べる距離感で物語をともにつくる“バディ型”の編集スタイルだ。
そのキャリアの原点は、いち読者としてラノベを貪り読んだ青春時代にある。第1回では、ライトノベル(以下ラノベ)に魅せられた原体験、小学館入社までの歩み、そして編集者・岩浅健太郎のスタイルを確立するまでの道のりを追っていく。

ラノベに魅せられた青春時代――いち読者として受けた衝撃から編集者へ
──ラノベ編集者としてキャリアを重ねてきましたが、その原点は?
きっかけは中学3年生のとき。クラスの友人が読んでいた普通の小説でもない、漫画でもない謎の本が気になったんですよね。そこで「面白いから読んでみなよ」と貸してもらったのが、角川スニーカー文庫の『ラグナロク』(作:安井健太郎)でした。
読んでみたら――もう、衝撃でした。重厚なファンタジー小説なのにイラストが多く漫画的で「こんな文化があるのか!」と完全にやられました。そこから一気にのめり込んで、書店で平積みされていた『フルメタル・パニック!』(富士見ファンタジア文庫 作:賀東招二)にもハマって、完全に加速。気づけば高校3年間で約1300冊、年間400冊以上のペースでラノベを読み漁る生活になっていました。ちょうど『涼宮ハルヒの憂鬱』(角川スニーカー文庫 作:谷川 流)が2003年に登場して、ラノベが大きく盛り上がるタイミング。その盛り上がりをリアルタイムで体感した世代なんです。
──そこまで入れ込むと、自分でも書いてみたい、と思いますよね?
確かに最初は、自分も作家になりたかった。大学時代に挑戦しましたが、自分の筆力が理想に追いつかない。キャラが可愛くならないし、幅も広がらない。当時、人気作は3ヶ月に1冊のペースで新刊が出ていましたからね。こんなスピード感で、しかもクオリティを保てるなんて……自分には無理。だったら、サポートする側に回ろう。そこで編集者を志したんです。
──編集者としてのキャリアはどのように始まったのでしょうか?
大学進学を機に上京し、就職活動ではラノベ編集部がある出版社を志望して、2009年にメディアファクトリーへ入社。MF文庫J編集部で編集者としてのキャリアが始まりました。
当時はまだ1冊も本を作ったことがないド新人で、いきなり大物作家の担当が回ってくるような現場に放り込まれ……とにかく必死でした。先輩からも「君はすぐ辞めると思ってた」と言われるほどボロボロでしたが、そこでの経験が今の自分の土台になっています。
そんな中で転機となったのが、新人賞から生まれた『変態王子と笑わない猫。』――通称『変猫』との出会いです。編集部の誰もが「これは絶対に受賞だ」と口を揃える作品で、僕も担当に手を挙げてみたところ、編集長の判断でまさかの抜擢に。
作者はさがら総さん、イラストはカントクさん。文章もビジュアルも申し分なく「これで売れなかったら完全に自分の責任だ」と腹を括って取り組みました。結果、ヒットにつながり、アニメ化も実現しました。
『僕は友達が少ない』という当代きっての人気タイトルを持っていた平坂 読さんも同じ頃に担当し、編集者としての経験値も一気に溜まった気がします。
さがらさんも平坂さんも、ありがたいことに今も関係が続いています。

その後、会社がKADOKAWAに買収されてキャリアをあらためて考えていたタイミングで、小学館の採用情報を知って応募しました。『ガガガ文庫』は入社前から好きでしたね。無頼派というか、一貫して「面白ければそれでいい」という強い意志を感じていたからです。独自性とオリジナリティが光るレーベルでした。『AURA』(作:田中ロミオ)や『とある飛空士への追憶』(作:犬村小六)、『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。』(作:渡 航 通称『俺ガイル』) のように、強烈な個性を放つ作品群を出していて、自分もここで戦いたいなと思いました。

「面白い!」を信じてかたちにする──編集スタイルの原点と現在地
──編集者として大切にしているスタンスの原点はどこにあるのでしょうか?
やはり、『変猫』ですね。さがらさんは同い年で、すごく気も合って、一緒に作品を作り上げていくことができました。その並走を経て思ったのは、言うべきことはしっかり言う、でも相手の話もしっかり聞く。そのキャッチボールの積み重ねの中でこそ、読者に届く作品が形になっていく、ということ。作家と“対等なバディ”であること。それが、僕の編集の核ですね。
作家を“上”として立てる関係性が合うケースもあると思いますし、それを否定するつもりはありません。ただ、僕自身は「玉稿賜ります!」といったスタンスだと本音のやりとりが難しくて、うまくやれないタイプだと思います。
──そうしたスタンスを持ち、どのように作品づくりを進めているのでしょうか?
『ガガガ文庫』で手がけている『千歳くんはラムネ瓶のなか』――通称『チラムネ』を例にお話します。この作品、新人賞の審査時に推していたのは、実は僕だけだったんです。というのも、『チラムネ』の主人公は、ラノベの主人公としてはかなり“異端”。いわゆる陰キャではなく、陽キャ側のキャラクターなんです。一般的なラノベ読者からすると「うわ、無理……」と感じるような設定でした。

でも僕は、そこに新しさを感じた。この作品なら、ラノベの新しい地平を切り拓ける。青春ラブコメの新風として、次代を担える作品になる…という期待があったんです。そこで、手を挙げて編集長に任せてもらいました。
──“バディ”たる裕夢先生とは、どんなやりとりがありましたか。
最初はお互いの見ているものが全然違っていて、打合せを経て上がった原稿はイメージとはほど遠いものでした。なので、はっきり「小手先の修正ですね」と伝えたことがあって……裕夢さんは怒ってましたね。『チラムネ』のあとがきに「最初期にはボタンのかけ違いからプチ冷戦状態に」「人の心がわからない」と書かれたくらいです(笑)。
でもそこから腹を割って話し合い、本音でぶつかり合って、ようやく見えてきたものがありました。裕夢さんは異世界ラノベにあるような強くて格好いい主人公像を、現代の青春ものに持ち込みたかったんです。それが、最初は僕には読み取れなかった。まさにボタンのかけ違いですね。でも、その意図が汲み取れたら、一気に腑に落ちた。「そうか、これがやりたかったのか」と。
そのコミュニケーションがあって作品を世に出すことができ、シリーズとしても続けられています。もっとも巻を追うごとにどんどん作品としての拡がりが出てきて、「これできるなら最初から言ってくださいよ」みたいな今なのですが(笑)。
作家との深夜のセッションから生まれた宝物のフレーズ。『チラムネ』誕生前夜
──『チラムネ』の制作の中で、特に記憶に残っている瞬間はありますか?
忘れられないのは、校了前夜の出来事です。小学館の打合せブースで、裕夢さんと深夜まで原稿を直していたんです。「この表現、ちょっと鼻につくな」「朔(さく・主人公)くんが少し鬱陶しく見えるかも」といったように、細部を徹底的に詰めていました。
でも、どうしても納得できない部分が一カ所だけ残っていて。朔くんの感情の動きに、何かしらもうひと押しが必要だと感じた。裕夢さんに「ここ、何か良いフレーズがほしいですね」と相談したんです。
彼は「ちょっと考えてきます」と、ブース横の喫煙室に。数分で戻ってきて差し出してきたフレーズが――
――からん、と。心の奥のほうで、懐かしい音がする。
……だったんです。
その瞬間、胸にぶわっと広がるものがありました。「ああ、これはすごい」と。初めて「この作品は本当に大きくなるかもしれない」と思いました。作家としての裕夢さんの本質に気づかされた心地がしましたね。明け方に校了し、まぶしい日差しのなか鼻歌まじりで帰ったのを今でもよく覚えています(笑)。
──まさに作品、シリーズを象徴する一節になったわけですね。
それが深夜3時に出てきた(笑)。テンションや集中力が変に研ぎ澄まされる時間帯で、信頼関係に粘りが加わると、作品が三皮くらい剥けたような感触があるんです。
もちろん、リモートでも一定の作業はできます。でもやっぱり、“同じ空間で時間を共有する”からこそ磨ける表現ってあると思うんです。お互いに本気で向き合い、最後の一筆まで粘り合う。その時間の中で、“からん、”という、宝物のような一文に出会えることがある。泥まみれになって原稿と格闘した先で、ふと見つかった、きれいなビー玉のような言葉。
だからこそ僕は今でも、作家と向き合って粘りたい。コロナ禍もあり、そういう光景も少なくなりました。僕自身、誰とでもこのスタイルでやれるわけではないことも自覚しています。それでも、粘れば粘るだけ、いいものになる。しんどいけれど、その先にしか生まれない何かがある。それを信じて踏ん張る――それが編集者という仕事の醍醐味なんだと思います。
作家との“対等なバディ”関係から生まれる物語──そこには、編集者としての原点と信念が宿っていた。しかし、編集者の役割は伴走にとどまらない。作品の魅力を最大限に伝えるためには、装丁やイラストといった“見せ方”にまで心を砕く、もうひとつの戦いがある。第2回では、ラノベ編集の現場とも言える表紙づくりを中心に、編集者が果たすプロデュースの役割を掘り下げていく。

ガガガ文庫
『さびしがりやのロリフェラトゥ』
作/さがら総

ガガガ文庫
『妹さえいればいい。』
作/平坂 読

ガガガ文庫
『変人のサラダボウル』
作/平坂 読
1~8巻発売中(以下続刊)
https://www.shogakukan.co.jp/books/09453038

ガガガ文庫
『千歳くんはラムネ瓶のなか』
作/裕夢
1~9巻発売中(以下続刊)
https://www.shogakukan.co.jp/books/09451796