『マンガワン』気鋭の編集者が語るヒット漫画の舞台裏──森原早苗 最終回 “届ける設計”と“静かな情熱”で仕掛ける、編集の真価
2025/06/16
「売れる漫画」をつくるとは、ただ話題を生むことではない。読者の“刺さるポイント”を見極め、作家の「描きたい」に寄り添いながら、最も適した形で届けていくことだ。そこには、編集者ならではの思考と技術がある。
『ホタルの嫁入り』『王の獣』『モトカレ←リトライ』など数多くの話題作を担当してきた森原が語るのは「好き」を信じる力と、裏方に徹する誠実さ。そして“届け切る”ための戦略と熱意が共存する、その静かで確かなスタンスだった。最終回では、その根底にある「裏方であること」という意識、そしてジャンルを越えて挑戦を続ける現在のスタンスに迫る。

漫画編集者へ──総合出版社で働く意味と長期視点でのキャリア選択
──“ジャンルを越境する編集”を志す中で、小学館を志した理由とは?
「当時から「長くキャリアを続けるにはどうすればいいか」を真剣に考えていました。そこで魅力を感じたのが総合出版社でした。前職のアニメイトグループでは、ライトノベルやグッズなどを扱う非常に専門性の高い職場にいました。ただ、そうした道を極める一方で、「もし40代・50代になったとき、自分の志向や働き方が変わったら?」という不安もあったんです。別のジャンルにも関心を持つようになったとき、柔軟にキャリアを広げられる環境に身を置きたいと考えて、小学館を志望しました。総合出版社として、漫画はもちろん、児童学習、辞書、図鑑といった多様な編集領域があり、将来的に別ジャンルへの展開も視野に入れられる。その“選択肢の広さ”が、自分にとって大きな安心材料になりました。」
──総合出版社の“制作体制”には、どのような強みを感じましたか?
「最も驚いたのは「担当編集としてやるべきことをしっかりやれば、各領域のプロが最大出力で支援してくれる」体制があることです。これは他社出身の自分だからこそ、より強く実感しているかもしれません。

小学館は、制作・宣伝・営業など各分野のプロがいて、戦略から実働までを丁寧に支えてくれる。分業体制がしっかりと根づいていて、各部署が専門性を発揮しながら“届ける工程”を支えてくれます。この体制があるからこそ「やるべきことを丁寧にやる」ことが、最大の成果につながるんです。私はその連携に、日々強い信頼を持っています。
前職と今の仕事内容で共通することも多いですが、その“出力”が圧倒的に違う。何より「届ける力」のある会社です。たとえば『ホタルの嫁入り』のような、少し尖った個性的な企画でも、きちんと「広く届ける」ための道筋がある。その安心感は、小学館ならではだと思います。
自分が培ってきた編集視点と組織の力。その両輪があるからこそ、「ちょっとマニアックだけど、本当に面白いもの」をきちんと読者に届けられる。それを実感できている今、編集者としてのやりがいをすごく感じています。」
熱量が連鎖して広がる──“推し”を形にする編集の力
──社会現象となった『おそ松さん』にも関わったと聞いています。
「アニメ『おそ松さん』の放送開始直後の爆発的なブームに合わせて、ムック『おそ松六年生』を自ら企画編集しました。原作の『おそ松くん』は小学館が発表した赤塚不二夫先生の代表作で、その縁もあって、学年誌『小学六年生』の誌名をもじったタイトルでムックを制作しました。内容も学年誌のテイストを活かし、6つ子の金はがし、着せ替え紙人形、部屋着にもなるトランクスなど、豪華6大ふろくを付けた構成に。「こういう本があったら絶対におもしろい!」という想いから始まった企画を、実際に形にできたことが、とてもうれしかったのを覚えています。「狭く深く」だった当時に、「広い」ファンの熱量に応える企画が印象的でした。
そして何より実際に学年誌編集部に「このようなパロディムックを企画したいのですが…」と相談しに行ったら、すぐに「おもしろそう!」と許可をしてくださって、ノウハウについてもいろいろ教えてもらえたこともうれしかったです。」

──「好き」という情熱が起点になるIP活用は、やはり強力なドライバーだと感じますか?
「そうですね、本気でその作品が好きな人が企画するからこそ、面白いものになる。たとえば今『名探偵コナン』の展開がものすごく洗練されていますよね。あれもきっと、社内に“本気でコナンが好きな人”がいて「こんなことをやったら喜ばれる」というアイデアを情熱で実現しているからこそだと思います。
私は現状、IP活用にそこまで深く関わる機会は少ないのですが、部門を問わず、多様な視点や情熱が活きる余白が、IP活用にはまだまだあると感じています。編集者に限らず、制作、宣伝、営業……どんな立場の人でも「これがあったらうれしい」という視点を持てるはず。そうした“好き”の連鎖から、新しい展開はどんどん生まれていくと思います。」
──そうした“好き”の熱量は、社内のカルチャーや企画づくりにも広く浸透している印象です。現場でその力を感じることはありますか?
「とくに若い世代には、“この作品が好きだから小学館を志望した”という強い動機を持つ人が多く、IPに対する情熱が仕事の原動力になっていると感じます。その熱量って、本当に強いと思うんです。「あなたが欲しいと思うものは、他の誰かもきっと欲しいはず」と、私はよく話しています。IPの可能性は、そういう“好き”から始まるもの。だからこそ、部署や役職に関係なく、いろんな人が自由に企画を立ち上げられる環境が広がれば、もっとおもしろい展開が生まれてくると思います。」
成果で語る編集者像──“裏方”に徹するスタンスと展望
──“好き”を支える裏方として、編集者自身がどれくらい前に出るか。近年はその在り方も問われていますが、ご自身のスタンスは?
「私は基本的に「編集者は裏方であるべき」だと考えています。SNSも、X(旧Twitter)などを使っていますが、あくまで担当作品のPRや読者への声かけが目的で、私的な発信はほとんどしていません。
編集者は、少し前に出るだけでさまざまな意味で目立ってしまうこともあり、その扱われ方には慎重にならざるを得ません。だからこそ、あえて“存在を感じさせない距離感”でいることを意識しています。
『Cheese!』編集部時代に声優のイベントを企画し、サーバーが落ちるほどの盛況となったことがありました。そのときも徹底していたのは「スタッフの存在を前に出さない」という姿勢。アニメイトグループ時代から学んできた“ファン心理に寄り添う裏方”としての在り方を今も大切にしています。
もちろん最近では『マンガワン』の公式Youtubeチャンネル『ウラ漫 ー漫画の裏側密着ー』も好評をいただいているようで「編集者の話が聞きたい」「裏側に興味がある」という読者の声も感じています。編集者それぞれの考えですが、私は自分が表に出すぎることでかえって作品にノイズが入ってしまう可能性があるなら、無理に出る必要はないと思っています。」

──これまで積み上げてきた少女漫画の方法論をもとに『マンガワン』という場でどんな挑戦をしていきますか?
「私のなかでは“テーマや感情を絞りながら、それをどう届けるかを工夫して広げていく”というやり方が、今も一番しっくりきています。
そのうえで、確かな軸足は保ちつつ、そこから少しずつ領域を広げていくような新しい挑戦も続けていきたい。たとえば、ジャンルや表現の幅を広げたり、これまで扱ってこなかったテーマに踏み込んだり……そうした試みを重ねながら、自分の編集スタイルに新たな引き出しを増やしていけたらと思っています。」
──この先、編集者としてどんな未来を描いていきたいですか?
「「狭く深く刺すコア」を大切にしながら「ジャンルを横断してマスに届ける」こと。私はこの両軸を、これからも追求していきたいと思っています。『ホタルの嫁入り』のように、明確な個性と熱量を持つ一方で、お客さんを選びがちな作品でも、戦略的に届け方を設計することで、確実に広く届いていく。届け方を変えれば、届く読者も変わる。そのおもしろさと可能性を、私は日々強く実感しています。同時に、これまでどおり「めちゃくちゃ売れる少女漫画」にも引き続き挑戦していきます。
今後は、少女漫画で培ってきた方法論をベースに、ジャンルや文脈に縛られず、まだ見ぬ作家の“好き”に応えていける編集者でありたい。そして、自分自身も想像していなかったような、驚きや興奮に出会えたらと思います。」
控えめに語りつつ、鋭く届く設計で作品を支える──森原から見えてきたのは、“裏方”の枠にとどまらない編集者の可能性だった。作家の個性を信じ、読者の琴線に届くよう徹底して設計し、広く届けきる。そのすべてを“普通のことを丁寧にやる”姿勢で貫くスタイルは、変化の激しい出版の現場において、揺るぎない芯を感じさせる。編集者のあり方が多様化する今、「成果で語る」信念は、静かに、しかし力強く読者と作家をつないでいく。
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