『マンガワン』気鋭の編集者が語るヒット漫画の舞台裏──森原早苗 第2回 “売れる”編集の本質 「好き」を届けるための戦略と方法論の進化
2025/06/09
『ホタルの嫁入り』をはじめ、多くのヒット作に関わってきた森原。売ることを編集者の使命としながらも、その本質を「作家と読者の幸せをつなぐこと」と語る彼女のスタンスには、確かな哲学がある。
「売れた冊数=心を動かされた読者の数」と捉え、作家の“描きたい”を丁寧に引き出すスタイル。さらに、自身の編集方法論に縛られず、ジャンルレスな環境へ飛び込んで挑戦を重ねてきた。
第2回では、そんな彼女が『マンガワン』というフィールドで見出した編集の新たな可能性と、拡張されていく編集者像に迫る。

漫画を売ること──それは、作家と読者を幸せにすること
──前回では「届け切る」編集方針についてお話を伺いましたが、あらためて、作品づくりにおいて最も重視しているのはどんな点でしょうか?
「私が第一に考えるのは「売りたい!!」という思いです。編集方針を決めるときも、制作の現場でも、それが起点になります。なぜなら、作家にとって「売れること」はそのまま収入につながることであり、編集として支えるうえでもとても大事な指標になります。
そして「売れた冊数=作品で幸せになった読者の数」だと考えています。売れた分だけ、誰かがその物語に心を動かされた証拠。だからこそ、できるだけ多くの人に届けられる作品をサポートしたい。それが「売る」という行為の本質であり、作家にも読者にも、きちんと還元されるべきものだと思っています。そのためにはまず、作家自身が「本当に描きたい」と思えるテーマや感情を見つけることが何より大事。私は、そこから一緒に掘り下げていくようにしています。」
──作家の“描きたい”をどう見つけ出し、引き出していくか。そのために心がけていることはありますか?
「私が編集者として、作家と向き合う際に大切にしているのは「質問すること・提案すること・探求すること」の3つです。中でも特に重視しているのが「質問すること」。たとえば「なぜこの物語を書こうと思ったのか?」「このキャラクターに惹かれた理由は?」など、作家に何度も問いかけながら、丁寧に掘り下げていきます。すると、たいていの場合「昔からこういう設定が好きで…」といった個人的な“好き”が立ち上がってくるんです。
そして実は、その“個人的な好き”こそが最も強いパワーを持つと考えています。仮にクラスにひとりしか刺さらないような趣味でも、日本中に目を向ければ、十分な数の読者が存在する可能性がある。たとえば、高校3学年×3クラスで1校に約9人、全国の全日制高校約4700校に当てはめれば、およそ4万人に届く計算になります。それだけで、初版部数としては十分すぎるほどに成立します。
だから私は「誰かが“これが読みたかった!”と心から思えるような作品を描いてほしい」と、作家に伝えています。そのためにも「なぜ描きたいのか?」という問いに一緒に向き合うことが欠かせません。ただ質問するだけでは一方通行になってしまうので、前回もお話したように、自分の“好き”も積極的に開示します。好きなものをお互いにシェアしながら、対話の中で自然と作品の輪郭が見えてくる。そうした“共に探る”姿勢を大切にしています。」
──その“伴走するスタイル”は、どのように築かれてきたのでしょう?
「編集者としての技術は、最初から備わっていたわけではありません。実践と失敗を重ねるなかで「この伝え方が自分に合っている」「この関係性だから成り立つ」といったことを、少しずつ身につけてきました。
小学館に入社したばかりの頃は「編集者は叱咤激励して作家を導く存在なんだ」と思い込んでいたんです。先輩たちが熱く電話で作家と話しているのを見て、自分もそれを真似してみたものの……まったくうまくいきませんでした(苦笑)。響かないどころか、かえって戸惑わせてしまったかもしれません。
特に『Cheese!』編集部では、中堅~ベテランの作家が多く、なかには私が中学生の頃に作品を読んでいたような方もいました。立場としても年下の私が“叱咤激励”しても、どうにも響かない。そうした経験を経て「私には共感と伴走のスタイルが合っている」と気づくことができました。」
──共感を通じて信頼関係を築いていく、というスタイルなんですね。
「そうですね。ここで、先ほど挙げた「探求」の姿勢が生きてきます。作家に対して「なぜそれが好きなんですか?」と丁寧に問いかけながら、感覚や原体験を掘り下げていく。そのプロセスの中で、自分の「刺さるポイント」もきちんと伝えるようにしています。
たとえば「私はアメコミの、MARVELのこのキャラが好きなんですよね」とか「最近読んだ海外SFがすごくおもしろくて」といった雑談がきっかけで「実は私もこういうのが好きで……」と作家が返してくれることもあります。そうして“好き”の感覚をお互いにシェアすることで、作品の核になるアイデアが、自然と見えてくる場面がとても多いと感じています。」
方法論の“殻”を破る──『マンガワン』への挑戦
──作品や作家の“好き”に寄り添いながら、ジャンルを超えて編集する──その延長線上に『マンガワン』への異動があったのでしょうか?
「2022年に『マンガワン』編集部に異動しました。異動の背景には「編集として、ジャンルにとらわれず作品に関わってみたい」という気持ちがありました。『Cheese!』編集部では少女漫画を中心に担当してきましたが、少年漫画や青年漫画にもいつか関わってみたいと思っていたんです。
子どもの頃から少女漫画・少年漫画・青年漫画を隔てなく読んできましたし、小学生のときには二次創作同人誌の存在を知り、中学生になってからは『ガロ』系にハマって古本屋でバックナンバーを求めて、文通で同好の士を探し……そんな“ジャンルを横断して楽しむ”読み方が、自分の編集の根っこにあるので、自然と「ジャンルにとらわれずに関わってみたい」という思いが育まれていったのかもしれません。
前回お話したように『モトカレ←リトライ』を始めとしたヒット作などを担当させていただいて、自分なりの“編集の型”のようなものができあがり、それはそれでよかったんですが、同時にその方法論に縛られてしまっている感覚もありました。「このやり方しかない」と思い込んでしまっていた部分を、一度壊してみたかったんです。だからこそ、異なるジャンルに飛び込んで、新しいアプローチを模索してみたいという思いが強くなりました。」
──実際に異動してみて、どのような発見や魅力がありましたか?
「そもそも『マンガワン』が発足した当時はまだ漫画アプリ自体が少なく、あっても、主流は電子書店のアプリ版…といった時代です。『少年ジャンプ+』も黎明期、自社で言えば『サンデーうぇぶり』も存在していませんでした。そんな中で『マンガワン』は「出版社主導で、かつ雑誌名を持たないアプリ」として立ち上がり、その先進性に強く惹かれていました。
実は『マンガワン』には立ち上げ当初から兼務というかたちで関わっていました。各編集部から兼務者を出して編集部が構成されていたんです。そこでジャンルやレーベルに縛られず、自由な企画や作品が次々と生まれていく様子に「ここなら新しいカルチャーがつくれる」と感じ、そうした自由度の高い場で編集に携わってみたいという気持ちがどんどん強まっていきました。」
ジャンルを越えた挑戦──拡張される編集のフィールド
──『マンガワン』では、どんなジャンルに取り組んできましたか?
「『マンガワン』では「ジャンルレスな編集」を実践できる場として、さまざまな挑戦をしてきました。たとえば、男性向けの“萌え”系4コマ漫画など、これまでに担当したことがなかった作風を持つ作家と作品をつくったこともあります。少女漫画を中心に手がけてきた『Cheese!』時代とはまったく違う分野で、青年誌寄りの作品や“萌え” 系ジャンルに携わることで、編集としての視野が大きく広がったと感じています。
現在は伊奈子先生の『天女様がかえらない』、常喜寝太郎先生の『全部救ってやる』、鯖井ばる先生の『セカンドバージン・セカンドライフ』の3作品を担当しています。
2025年5月からは糸川一成先生『のけもの恋がたり』、6月6日には南文夏先生『かわいい同盟』と、女性作家による新作連載も2本スタートしました。


動物保護の世界にフォーカスした『全部救ってやる』のような社会性の強いテーマの作品では、取材や資料集めにも取り組みました。少女漫画では基本的にフィールドワークを行うことは少ないのですが、現場に足を運んだり、人の話を聞いたりすることによって、編集者としての経験が大きく深まりました。

『全部救ってやる』も引き継ぎ担当ではありますが、作品の持つリアリティや社会的なテーマ性に向き合うことは、精神的な恋愛描写に強みを持つ少女漫画とは異なる編集視点が求められます。新しい切り口に取り組むことで、自分の編集スタイルにも新たな軸が加わったと感じています。」
──アプリ編集ならではの変化も感じていますか?
「はい。『マンガワン』がサービス開始から10年を迎えた今、漫画アプリを取り巻く環境も大きく変わりました。以前は「アプリで漫画を読む」ということ自体が新鮮でしたが、いまやそれは当たり前になり、純粋に“漫画そのものの力”で勝負するフェーズに入っています。その分、作品づくりにもより高い競争力が求められている実感があります。
とはいえ『マンガワン』にはこの10年で培ってきた“先行者の強み”があります。リリース初期に確保した読者基盤は、今の100万規模のDAU※につながっていて、これは後発のアプリが短期間で再現するのは難しいアドバンテージだと思います。
※デイリーアクティブユーザー。アプリへの1日あたりの来訪者(=読者)数。
さらに『マンガワン』は小学館という総合出版社のバックボーンを活かし、オリジナル連載と並行して、過去の名作を読める機能も兼ね備えてきました。アプリ内で投稿漫画賞を開催したり、作家発掘と育成の場としての信頼感も高まっていて「漫画アプリ」としての存在感がしっかり定着していると感じます。
出版社の中でもスタートアップのような挑戦として始まった『マンガワン』が、こうして10年という節目を迎えて成果を出し続けている。その裏には、媒体単体だけではなく、小学館全体の資産と編集力がしっかりと支えているという実感があります。」
作家の“好き”を引き出し、狙って届ける。そのために自らの方法論も疑い、ジャンルを越えて挑戦を続ける──森原の仕事観には、編集という仕事の本質と、拡張性が凝縮されていた。
変わりゆくメディア環境の中でも、「読者に届く」ための方法を柔軟に模索し続ける。そんな姿勢が、ヒット作の裏側にある確かな支えとなっているのだ。

マンガワンコミックス
『全部救ってやる』
作/常喜寝太郎
1~4巻発売中(以下続刊)
https://shogakukan-comic.jp/book?jdcn=098535980000d0000000
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