『マンガワン』気鋭の編集者が語るヒット漫画の舞台裏──森原早苗 第1回 「好き」を仕組みに変える、企画・設計・実行の編集力
2025/06/02
250万部を超えるヒットとなった『ホタルの嫁入り』。連載開始直前から引き継ぎ、作者が生み出した作品のコンセプト追求・プロモーション・読者への届け方まで設計を一貫して担ったのが、『マンガワン』編集部の森原早苗だ。
アニメイトグループで積んだキャリアを皮切りに、現場感覚と企画設計力を磨き上げてきた森原は「作品を読者に届け切るまでが編集の仕事」と語る。ヒットに至るまでの背景には、彼女の一貫した視座と、“当たり前”を高出力でやり抜く姿勢があった。
第1回では、編集者としての原点であるアニメイトグループ時代の経験、そして『モトカレ←リトライ』で確立した“一点突破”の編集戦略から、『ホタルの嫁入り』へ至る道筋をたどっていく。

「どこで、どう売るか」を考える。アニメイトグループで育まれた編集的視野
──キャリアをスタートさせたのはアニメイトグループ。コンテンツ産業でどのような経験を積んできたのでしょうか?
「私は2012年に、アニメイトグループのフロンティアワークスから小学館に入社しました。アニメイトグループは、全国の専門店ネットワークを活かし、グッズや書籍、映像・音楽作品の販売からイベント運営までを手がける企業体。その中でもフロンティアワークスは、ライトノベルやドラマCDやTVアニメなどのコンテンツ制作に特化し、制作から販路までを一貫して担う専門性の高い会社でした。
私は主にドラマCDの制作を担当しながら、ライトノベルの制作にも携わっていました。当時は「自分の感覚や、扱う商材はいわゆる“メジャー”ではない」という意識が常にあり、そのぶん「より努力しないと売れない」という感覚が自然と身につきました。結果的に、この経験が今の編集スタイルの土台になっていると感じています。」
──今に通じる仕事の軸は、どこで見えてきましたか?
「前職で、0→1の立ち上げを経験できたことはとても大きかったです。他部署が「小説家になろう」※と組んで女性向けライトノベルのレーベルを立ち上げると聞いたときは、興味を持って直談判し、部署を越えて企画に参加しました。当時の「なろう」は、現在ほどには規模が大きくなかったのですが、そこに可能性を感じて動き、キャリアにつなげることができました。
※株式会社ヒナプロジェクトが運営する日本最大級の小説投稿サイト。投稿作からデビューした作家やアニメ化された作品も多数。
フロンティアワークス時代に身についたのが「リクープ(採算)ラインを自分で引く」というスタンスです。そこでは、グッズや本を出す際は、どこでどれだけ売れば黒字になるかをまず設計し、制作や販路を含めて全部自分で組み立てていく必要がありました。
たとえば、女性向けドラマCDでは池袋の専門店に直接交渉、「この店舗限定で特典をつけるから棚をください」と売り込みました。結果、棚を確保できて販売も好調に。こうした「棚を取るための戦略」は、本格的に漫画編集に携わるようになってから存分に発揮できました。現場の空気を感じながら、自分の足で考え、動いて売る。今に通じる、貴重な経験でした。」
狭く深く刺す「一点突破」の戦略。ヒット体験がもたらした編集スタンス
──小学館に入社後、少女・女性漫画を手がける第一コミック局に配属されました。漫画編集者としての一歩を振り返ってみると?
「『Cheese!』編集部では『モトカレ←リトライ』が、初めて本誌連載を一貫して担当した作品でした。作者の華谷艶先生は、当時はまだ短期連載しかご経験がなかったのですが、読み切りとして同題材を形にした際から反響が良く「これは連載になっても人気が出る」と直感しました。
特に印象に残っているのは「元カレと復縁したい」というテーマ設定です。当時、Amazonを見ると、恋愛カテゴリーでは「元カレと復縁する方法」といったハウツー本がずらりと並んでいて「これは明らかにニーズがある」と実感しました。「復縁を望む人がこんなにいるのか!」という驚きが、即座に“刺すべきテーマ”としての確信につながったんです。
そこからタイトルは華谷先生が出された案の中から『モトカレ←リトライ』と、ひと目でテーマが伝わるものに決定して、広く受けなくても、深く響けばいい──“刺さる層に確実に届かせる”戦略で、設計から打ち出しまで徹底しました。

結果、連載はヒットし、コミックスも累計110万部を突破。その後にドラマ化も実現しました。まだ若手だった私にとって、これは大きな成功体験になりましたし、「広く浅く」ではなく「狭く深く」が自分の編集スタイルだという確信にもつながっています。」
──編集スタイルについて、もう少し掘り下げさせてください。作家と向き合ううえで、大切にしているスタンスや距離感には、どんなことがありますか?
「作家の「パーソナルな嗜好」や「実はこういうのが好きで…」という秘めた思いに耳を傾け、それをどう作品の軸に仕上げていくか。そういったプロセスに寄り添うことが、私にとって最もしっくりくる編集スタイルだと感じています。
私自身、わりとマニアックなジャンルに惹かれるタイプで、それを編集者としてどう扱うべきか、正直悩んでいた時期もありました。そんなとき、先輩から「尖った好みこそ、深く届くからそのままでいい」と言ってもらえたことで、肩の力が抜けたんです。それからは「ならば一点突破でいこう」と、迷いなく狙いを定められるようになりました。」
磨き抜かれた「鉄板セット」。編集者の仕事は“届け切る”ところまで
──250万部を突破した『ホタルの嫁入り』についてお聞きしていきます。当時、担当編集としてどのように作品と向き合い、ヒットに導いたのでしょうか?
「『ホタルの嫁入り』は立ち上げからではなく、人事異動によって引き継いだ作品です。前担当者と作者の橘オレコ先生は、すでに2話目までの原稿を完成させており、タイトルは未定という状態でした。
私が2代目の担当編集者としてまず取り組んだのは「この作品の最も強い魅力は何か」を見極めること。そして橘先生との話し合いを重ねた末に見えてきたのが、”ヤンデレ”に特化するという方向性でした。
そのうえで、1話についてはわずかに調整を加えています。コミックス1巻を通してキャラの魅力を立てるために、もう少しだけ他の話にページを割きたかったのですが、すでに2話目までの原稿は完成していて余りページなど無く、大きな改変はできません。そこで、1話目序盤の状況説明で読者のテンションを上げていくために、セリフを印刷して切り貼りしながら“セリフのパズル”を橘先生とともに行い、構成とページ配分を調整しました。」
──“ヤンデレ”は、過激な愛情表現や心理描写が魅力で、作品としての差別化もしやすい要素ですよね。作家とのやり取りでは、その軸をどう深めていったのでしょうか?
「「ヤンデレのキャラでもどこが可愛くなるのか?」「もっとギアを上げられないか?」など、核心に踏み込んだ議論を重ねていきました。私は、この作品の魅力は「可愛さと狂気の同居」だと捉えていたので、恋愛要素をより強めていくことを意識しながら、緻密に調整していきました。

橘先生はすでに魅力的な作風をお持ちだったので、私の役割は、その魅力を最大限に引き出し、読者にどう届かせるかを設計すること。これまでのノウハウをフルに発揮したのは、その「届け方のデザイン」です。
作品を「読者の目に届く場所」に届けるまでが、編集者の大事な役割だと考えています。読者は、仕掛けられすぎると逆に冷めてしまう傾向がある──そう感じているからこそ、過剰な演出は避け、書店でふと目に入ったときに自然と手に取りたくなるような「届き方」を逆算して設計しています。そのためにも、「棚を取る」ことは極めて重要です。内容がいくら良くても、見つけてもらえなければ読まれることはありません。だからこそ、書店展開には必ず戦略を持ち込み、読者との最初の接点をしっかりデザインするようにしています。」
──「届け方のデザイン」という点について、具体的に教えてください。
「橘先生の前作『プロミス・シンデレラ』が、アニメイト池袋店で非常に売れ、全国の書店で売上げ1位を獲った実績があったことから「このテイストはアニメイトを愛用する層にも必ず届く」と判断しました。そこで『ホタルの嫁入り』1巻の発売時には、アニメイトに「池袋店で何らかの展開ができないか」と交渉しました。前職の同期がいたこともあって連携もしやすかったですが、「損はさせません」と自信を持って伝えられたのは、作品に対する確信があったからです。
さらに、SNS広告でバズったイラストを単行本の帯に採用し、装丁も手触りにこだわって紙をセレクトしました。電子媒体発の作品でも、物理的な本としての魅力はしっかりと担保。デザイナーとの打ち合わせは毎回入念に行い、紙の選定にも関わっています。制作担当にも「この予算内で実現できる紙はどれか」と相談し、一つひとつ丁寧に決めていきました。」
──編集者として”届け切る”までやり切る姿勢が印象的です。
「作家の中にある、まだ言語化されていない感情や世界観を引き出し、構成の壁打ち相手となり、誰かの心に届く形に磨き上げる。そして、その作品を読者に届け切る──そこまでが、漫画編集者の仕事だと考えています。原稿を校了すれば終わり、ではありません。
『ホタルの嫁入り』は「電子コミック大賞」の選考スケジュールに合わせて、紙と電子の発売時期を連動させるよう設計しました。こうした動きは、今では私の「鉄板セット」になっています。まずはこの一式をすべて試す。それで届かなければ、別の戦い方を考える。「当たり前をすべてやる」ことの力を、私は信じています。」
「好き」を形にし、「刺さる読者に確実に届ける」ために、戦略を磨き、実行し続けてきた。ヒットは偶然ではなく、試行錯誤してつくり上げた仕組みから生まれる。それが森原の編集観だ。第2回は、ジャンルレスな挑戦の場として選んだ『マンガワン』での編集スタイルの進化、そしてニッチを狙い、読者を掴む編集思考に迫っていく。

裏少年サンデーコミックス/マンガワンコミックス
『ホタルの嫁入り』
作/橘オレコ
1~7巻発売中(以下続刊)
https://shogakukan-comic.jp/book?jdcn=098521470000d0000000
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