枠にとらわれない発想で、まだ知られていない世界を漫画に。意外性が強みです。『Cheese!』菊池博和編集長インタビュー
2025/03/31
タイアップやコラボは、基本的に「面白ければ何でもアリ」というスタンスです。
1990年、小学館に入社。『少女コミック』(現Sho-Comi)、『ちゃお』、『プチコミック』など少女漫画誌を中心に編集を担当。1995年から4年間『ビッグコミックスペリオール』に在籍し、青年漫画の編集にも携わる。その後、再び少女漫画誌に戻り、『Cheese!』の編集長を務めた後、『ベツコミ』編集長、企画室勤務を経て、2024年に再び『Cheese!』編集長に就任。

「Cheese!」は型にはまらない雑誌、デジタル時代にこそ真価を発揮します!
『Cheese!』はもともと『Sho-Comi』の派生誌として生まれましたが、中心となっている読者層を教えてください。
「そうですね。『Sho-Comi』の別冊として始まり、その後独立して1996年に『Cheese!』が創刊されました。読者層としては主に高校生以上の女性をターゲットにしていますが、他の女性漫画誌とは少し違う特徴があります。
創刊当時の女性漫画シーンは、読者の年齢ごとにターゲットを分けるのが一般的でした。『ちゃお』は小学生向け、『Sho-Comi』は中学生向け、『ベツコミ』は高校生向け、『プチコミック』は20代以上向け……という形ですね。でも、『Cheese!』は創刊当初からそこまで明確な年齢ターゲットを設けずに走り出しました。特定の年齢層やクラスタに絞って作品を打ち出していくのではなく「『Cheese!』の漫画や世界観を好きで集まってくれたみなさんが『Cheese!読者』になっていく」そんな雑誌です。
私は最近、10年ぶりにCheese!編集部に戻ってきたばかりで、『Cheese!』のこれからをどうしていくかについては、後述するようにいろいろと考えているところですが、このコンセプトは今も変わっていません。」
確かに『Cheese!』は「型にはまらない作品」が多い印象があります。
「まさにそれが、この雑誌の特徴です。王道のラブストーリーももちろんありますが、そこにちょっと意外な要素を加えたり、少女漫画ではあまり扱われてこなかったテーマを取り入れたりすることが多いんです。舞台設定や職業設定にひねりを加えるだけでも、作品の印象は大きく変わるので、そういった型にはまらない作品を積極的に生み出してきています。
例えば、椎名チカ先生の『37.5℃の涙』ですが、これは病児保育をテーマにした作品で、「まさかCheese!でこういう話をやるとは!」という驚きで読者に受け入れられました。椎名先生はそれまで恋愛色の強い作品を手がけていた作家だけに、この企画が出てきたときは「意外だけど……これは面白い!」と感じました。コミックもヒットしましたし、ドラマ化もされました。
また前回の編集長時には、女子高生がボートレーサーを目指す『ターニングレッド』と、三浦綾子さんの小説『氷点』のコミカライズを同時に連載スタートしました。「少女漫画でボートレース?」と思いましたが、すごく新鮮な世界を見せることができました。私も福岡のボートレーサー養成学校に取材に行き、実際にボートに乗せてもらったりして、異質な世界に迷い込んだような感覚でした(笑)。『氷点』は「純文学の名作が少女漫画誌に載る?」というサプライズですが、読者からの評価も高かったんです。このように、型にはまらず「まずはやってみる」という柔軟さが、この雑誌の一番の強みかなと思います。」
映像化作品が多いのも特徴ですね。
「確かに、私が前に編集長をやっていた2010年代中頃は、映像化作品が目立ちました。「型にはまらない」雑誌なので、映像化を狙って作品を作るわけではないですが、結果として映像化につながることも多いですね。
嶋木あこ先生の歌舞伎がテーマの『ぴんとこな』、相原実貴先生の英会話学校が舞台の『5時から9時まで』、先述の『37.5℃の涙』といった、ちょっと変わった舞台設定の作品が次々とドラマ化されました。宮坂香帆先生の『10万分の1』も、恋愛作品でありながら、難病という重めのテーマを扱って映画化されました。先日完結した、藤間麗先生の異世界ファンタジー『王の獣』など、実写化は難しいかもしれないけど、アニメ化の可能性を持った作品もあります。今後も、『Cheese!』ならではの作品の広がり方を模索していきたいですね。」
読者を”作っていく”という考え方は、今も変わらない?
「はい、そこは変わりませんし、むしろ今の時代が『Cheese!』のあり方に近づいてきている気がします。最初にお話ししたように、以前は各雑誌が明確な読者ターゲットを持っていて、その層に向けて作品を作っていました。でも、デジタル化が進み、多くの雑誌が「それぞれの作家の個性を生かして、とにかく全方向にいろいろな作品を投げ込んでいく」ようになり、逆に雑誌の元々の個性は薄れつつあるように感じます。
本誌は創刊当初からそういうスタイルだったので、ある意味、今の時代に合っているとも言えます。まったく違うタイプの作品を並べてみたり、予想外のテーマを取り入れたりすることでさらに新しい読者層を生み出していく。そういうチャレンジングな雑誌であり続けたいと思っています。」
チャレンジングな姿勢をDNAとして持つ編集部で、メンバーにはどんなメッセージを伝えていますか?
「創刊時を振り返ってみると、編集の現場は大きく変わりました。特にデジタル化の進展は目覚ましいものがあります。前に編集長を務めていた10年前といえば、デジタルでの漫画制作が動き始めた頃で、右も左も分からない中、手探りでやっていました。でも、そこから一気に浸透し、今ではむしろデジタルが主流になっています。
当時は、大手出版社でなければ漫画雑誌を作って発信するのは難しかったのですが、今はデジタルのみで展開する媒体もたくさん出てきていて、個人レベルでも漫画作品を発信できるようになりました。だからこそ、そういった作品と戦っていくために私が編集部で伝えているのは「今あるものと同じものを作らないようにしよう」というメッセージです。
「今はこういったタイプの漫画が受けているから、同じ読者をねらって同じような作品を企画していこう」ではなく「読者にまだ見たことのないようなものを投げかけてみよう」という意識を持つことが大切だと考えています。自分自身が編集者として続けてきたことでもあるので、このスタンスは守っていきたいですね。」
デジタルが主流になる中でも、紙媒体ならではの演出の魅力があります。媒体としてどのような進路を考えていますか。
「デジタルにはデジタルの良さがありますが、紙の漫画ならではの魅力を活かせる作家がもっと出てきてほしいなと感じています。紙の漫画はページをめくる動作そのものが演出の一部になるので、驚きや緊張感を生み出すことができます。また、見開きページを大胆に使うことで、より迫力のあるシーンを演出できる。こういった紙ならではの表現を活かせる作家も増やしていきたいし、そういう作品がしっかり評価される場を作っていくことが、編集部の役割だと考えています。」
意外性を武器に、新たな可能性を切り拓く。それが『Cheese!』のタイアップ戦略です
デジタル化の進展について触れましたが、読者のコア層はどうでしょうか。デジタル漫画の普及を受けて変化はありますか?
「紙の読者は「じっくりと漫画を楽しみたい層」が中心で、その点は大きく変わっていません。一方、スマホやタブレットなど、デバイスの普及によって新しいスタイルも広がりました。デジタルでは「ベッドで寝る前にちょっと数ページだけ読む」といったように「スキマ時間に読む」スタイルが多いように思います。
そうなると、作品もそれに合わせた作りが求められます。ニッチなテーマで、サクッと楽しめるものがデジタルでは求められるし、逆に紙では「この作家さんの作品が読みたい!」という強い熱意を持って購入する読者に支えられています。どちらの読者にも対応できるような漫画作りを意識していく必要がありますね。」
作品の多様性を活かし、広告やタイアップにも柔軟に対応できるのが『Cheese!』の強みです。アピールポイントをどのように考えていますか?
「タイアップやコラボは、基本的に「面白ければ何でもアリ」というスタンスです。雑誌の枠に縛られることなく、自由な発想で取り組めるのが強みだと思います。例えば、昨年連載していた作品は富山を舞台にしたご当地漫画では、作家の出身地という縁もあり地域と連携して作品を発信していきました。町おこしの一環として、自治体や地元の方々と協力し、読者にその魅力を伝えることができたんですね。
メーカーなど企業はもちろんですが、このような地域密着型の漫画にも可能性があると考えています。漫画という媒体は「ご当地グルメ」や「ご当地スポット」などを自然に作品に組み込んで読者の興味を喚起し、アクションを促す力があります。現地に足を運ぶきっかけになることもあるでしょう。」
漫画の中に実在のお店や商品を登場させることについては、どう考えていますか?
「以前から出版社には「実在の商品や店舗を漫画に登場させるのは避けたほうがいい」という慎重なスタンスがありました。しかし、実際にやってみると、企業側からクレームが来たことは一度もなく、むしろ「漫画で紹介してくれてありがとうございます!」と喜ばれることのほうが多かったように思います。もちろん、企業やブランドのイメージを損なうような描き方は避けるべきですが、過剰に警戒しすぎる必要はないと考えています。作品の舞台として自然に登場させることで、リアリティが増し、読者にとっても魅力的に映るのではないでしょうか。」
キャラクターや作品づくりにおいて、どのような強みを発揮できるでしょうか?
「作品の多様性こそが強みです。先に触れた『ターニングレッド』では「女子高生がボートレーサーを目指す」という、多くの人にとって馴染みの薄い世界を描きましたが、このように、「知られていない世界を漫画で伝える力」があるからこそ、新しいテーマにも果敢に挑戦できます。『Cheese!』ならではの作品を通して「こんな業界やキャリアもあるんだ」と読者が知るきっかけを提供できたらと思います。漫画は、新しい視点や文化を届けるメディアとしての力を持っていると思うので、だからこそ、「まだ広く知られていないが、知る価値のある世界」を積極的に取り上げることは、作家にとっても編集部にとっても意義のある挑戦だと思います。」
企業とのコラボレーションの可能性については、どう考えていますか?
「雑誌とどうタイアップすればよいか、戸惑われる企業の方も多いと思いますが、漫画の中で企業や商品をどう自然に取り入れられるかを考えるのは得意な部分です。「ご当地もの」や「地域とのコラボレーション」も可能性として十分ありますし、ボートレースや歌舞伎、病児保育など、一見少女漫画と結びつかなさそうなテーマでも、これまでうまく取り入れてきた実績があります。「こんなテーマでも漫画にできる?」とご相談いただければ、意外な切り口で面白い作品にできる。それが、私たちの強みだと思います。」
編集長として、今後取り組みたいことは? 展望をお聞かせください。
「『Cheese!』だからこそできる、意外性のある作品をもっと増やしたいですね。読者が「まさか少女漫画でこんなテーマが!」と驚くような作品を作り続けたい。型にはまらず、新しいことにどんどん挑戦していくスタイルを生かし、これからも「誰も予想していなかったような漫画」を仕掛けていけたらと思っています。」
菊池編集長の漫画の原点には、幼少期に触れた多様な作品の影響があります。兄と姉がいた家庭には、『ジャンプ』『サンデー』『マガジン』などの少年漫画から少女漫画まで幅広く揃っており、「漫画なら何でも読む!」というスタイルが自然に身についたそう。
また、プライベートでも好奇心旺盛でアクティブ。アウトドアが趣味で、定年退職後は山に土地を買って小屋を建てるのが夢だといいます。さらに、軽バンを改造して車中泊しながら日本全国を旅する計画も考えているとか。
編集者として、多くの作家や作品、カルチャーと出会ってきた菊池編集長。その探究心は、仕事だけでなくライフスタイルにも色濃く表れているようです。漫画を読むことも、編集の仕事も、そして人生そのものも「枠にとらわれずに楽しむ」。そんな柔軟な姿勢は『Cheese!』の編集方針にもつながっているのではないでしょうか。
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